【紙ふうせんブログ】

令和5年

紙ふうせんだより 9月号 (2023/10/20)

「おばあさん」の願い

皆様、いつもありがとうございます。9月の第3月曜日は「敬老の日」です。この日は、国民の祝日に関する法律で「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」ことを趣旨としています。「老」という漢字には「年長者」という意味だけではなく、「経験に優れ物事に通じている」という意味があります。武家の家臣を束ねる最重要の役職を「家老」と呼ぶのは、「老」という言葉に敬意が込められているからです。

繁殖不可能な「生存期間」の「謎(≒役割)」

人類学に「おばあさん仮説」というものがあります。一部のハクジラを除いて、動物の寿命と繁殖可能年齢はほぼ一致します。動物は、繁殖不可能になれば役割を終え寿命を迎えるのが普通なのです。ヒトの雄は、生殖力は弱まりますが死ぬまで繁殖が可能です。それに対してヒトの雌は50歳を超えてからの妊娠は難しいと考えられます。にもかかわらず、繁殖できなくなった後に何十年も生存するからには、種としての生存戦略にとって有益な何かがあるから、ヒトの雌は「おばあさん」に進化したと考えられるのです。

チンパンジーの雌の妊娠可能年齢は13歳で寿命は50歳程度であり、死ぬまで子供を産み続けることができます。しかし基本的には一人で子育てするので(※1)、育児期間中は出産できません。チンパンジーの出産間隔は5~7年(授乳期間は4〜5年)とされています。一方でヒトは、子育てを経験した母親の母親が育児に参加するようになり、毎年の出産が可能となりました。不慮の死などを考えると妊娠機会の多い方が、種としての生存戦略が有利になります。そのために、ヒトの雌は閉経(日本人の平均は約50歳)後にも育児に参加できるように、「繁殖不可能になっても長期間生存できる」ように進化したと考えられるのです。




※1近年、母親以外の育児への参加が観察されヒトの進化の過程を考える上で注目されている。




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「生物進化」から「社会進化」へ

「おばあさん」への進化は3万年よりも前(※2)と考えられています。現代、人間の子育てには父や保育士や地域の方々なども参加し、社会全体で共同育児を進めていこうとしています。それは人間の進化の段階が「生物進化」から「社会進化」の段階に入っているからです。現存する人類最古の絵は、旧石器時代後期の約36,000年前の洞窟壁画(※3)です。「ばあさん」への進化と芸術や文化の始まりは同時期であると考えられます。

「おばあさん」が行ったことは育児の手伝いにとどまりませんでした。「世代を超えて情報を伝達する」ことができたので、情報の共有や再構成から「芸術などの文化を生み出す」ことができました。そしておそらくは「おばあさん」の存在により、世代別の役割分化も進んだと思われます。「繁殖できない個体の生存が群れにとっても価値がある」となれば、高年齢の雄は若い雄との競争から降りることができます。高年齢の雄の知識や経験が競争相手ではなくなった若い雄に伝授されるようになりヒトの群れは安定し、血縁を越えた大きな集団へと発展できるようになったのではないでしょうか。「おばあさんの誕生」は社会進化への画期となったのです。




※2 化石人骨の第三臼歯(親知らず)の有無や摩耗から世代を推定したところ、20万年前以降のネアンデルタール人の年配対若者の個体数比は0.39であったが、3万年以降の化石人骨では対比が2.08であった。この間に年配者人口が増えたと考えられる。

※3フランス、ショーヴェ洞窟




 

「次世代を育てる」課題の後の「自己統合」

エリクソンの心理社会的発達理論では、自我の発達段階を8つに区分しています。その段階は、「乳児期→幼児前期→幼児後期→学童期→青年期→成人期→壮年期→老年期」であり、各課題は「基本的信頼→自律性→積極性→勤勉性→親密性→生殖性→統合性」となります。

成人期(20〜40歳)は、実子を産み育てる段階でもあり「特定の他者との親密な関係を築く」ことが課題となります。その次の壮年期(40〜65歳)はヒトの雌が「おばあさん」へと進化する世代です。壮年期は、自己中心的な関心から離れて「社会(≒様々な他者や次世代)と良く関わっていけるかどうか」が大切だと言われています。壮年期になっても社会への関心が、社会から「チヤホヤされたい」というような「内向きな利己的な関心」に留まっていれば、自分目線しか無いので何をするにも浅くつまらなくなり、ますます自分にしか興味が持てなくなるので(自己没頭(※4))、老いとともに自分自身に失望してしまいます。壮年期の課題は「generativity(※5ジェネラティビティー)」で生殖性や世代継続性と訳されていますが、「次世代の育成に積極的に関わる」とされています。青年期から壮年期に、個人的利害(繁殖)から集団への貢献(生殖性)へと課題が変化していくことは、人類学の知見とも重なるのです。

動物の生存戦略は、優れた遺伝子を次世代に残すとともに、遺伝的多様性を担保することです。人間の生存戦略は、優れた社会(※6)を次世代に残すとともに、多様性を社会の中に包摂することです。「多様性の尊重」は良い社会への鍵となりますが、「良い人生の締めくくり」にも必要です。嫌な出会いや辛い出来事や心残りなど人生には良い事ばかりではありません。多様な面があり多様な評価が可能な自分の人生を「まるごと肯定的に受け入れる」ことが必要となってきます。老年期の課題としてエリクソンはこれを「自己統合」と呼びました。




※4 バートランド・ラッセルは自分を不幸にする最大の原因を「自己没頭」としている。発達心理学では自己没頭のまま「老年期」に入ってしまうと「自分の人生は何だったのか」というような虚しさを抱き、自己の「統合性」に大きな支障を生じるとする。

※5エリク・H・エリクソン(1902-1994)の造語

※6高度な社会性と利他行動の関係が動物行動学などで注目されている




一人での生活が不可能な「生存期間」の意味

自己統合への道のりは容易ではありません。老いや死への不安が高まり良い思い出まで塗り潰されてしまうこともあります。しかし「辛い状態でも長期間生存できる」時間的猶予を得たということは、「人と人の間に生きる」人間にとって何か意味があるはずです。

生活が一人で成り立たなくなることは、受け入れ難いものがあります。へルパーさんが来るようになって「人の手を煩わせてまで長生きしたくない」とうそぶいていた自分が情けなくなり、「やらなくいい」と突き放してしまう人がいます。「申し訳ない」が口癖の人もいます。「もっと人の気持ちがわかるようになりなさい」との気持ちで、過去の積み残し感から厳しいことを言ってしまうこともあります。しかし、そんな抵抗感をものともしないで働きかけてくるヘルパーさんの笑顔に、思わず「ありがとう」の言葉がこぼれてしまいます。これは現状を受け入れるようとする自分の心の声でした。ハッとして相手の顔を見つめます。「こちらこそ嬉しいです!」本気でそう言っているヘルパーさんの笑顔に、自分も嬉しさが込み上げてきます。

世代を超えた触れ合いは過去と未来の接点です。「ああ良かった」と深く思えた瞬間に、今までの道のりには全て意味があったように思えてくるのです。利己的繁殖を手放した人間が次世代にリレーしたいと願うものは、「人と人が触れ合うことから生じてくる価値」です。「ありがとう」を言える機会があることは幸せなことです。心のリレーは受け取ってくれる人がいてこそ完結します。感謝の気持ち、本気で受け取りましょう。


 

紙面研修

紙面研修

「自我」から「自己」へ

 

「自分」に対する捉え方をひろげる

アイデンティティー(自我同一性)という概念を提唱したのはエリクソンです。これは、「自分が誰なのか」を自分で解るようになっていくことです。「わたしは私である」という意識や自己認識が肯定的な統一性や連続性を持ててこそ、周囲との人間関係は安定していきます。青年期はこの「自我の同一性」の確立が発達課題となってきます。そして、老年期になると今度は「私は私でいてよかったか?」との葛藤が生じてきます。この時の課題は「自我の同一性」ではなく「自己の統合性」となります。

自我とは言わば「意識」の中心です。しかし人間の心の中には意識よりもさらに膨大な「無意識」があります。周囲との相互作用とその結果を含めた様々な無意識や、様々な社会的関係を含めて揺れ動く心の在り様や記憶や経験の蓄積の全体が「自己」であり、また、どこかに中心点を取って名付けるなら、それも「自己」となります。

限りない自己成長(個性化の過程)を説くユングの「自己実現」や、自己の殻を超えていこうとするマズローの「自己超越」など、「自己」を探求する心理学は、言葉の違いはあれど同じベクトルを持っています。「人間はいついかなる状況からでも成長できる」という確信が根底にあるのです。「自己統合」を説いたエリクソンは年代別の発達課題を示して見せましたが、エリクソン自身は「この図表は一度使ってそして捨て去ることができる人だけお勧めしたい」と言っています。人間の成長プロセスは固定的なものではなく、過去や幼児期の体験が決定的に心の在り様や人生の全てを決めてしまうものではないからです。

エリクソンの晩年の著作『ライフサイクル、その完結』(1982)の前書きには、「本書の表題をアイロニカルなものとして受け取り、ひとつの完璧な生涯に関する包括的な記述が見出だされるだろうなどと受け取らないことを希望する」とあり、人生や老年期のあるべき姿が型にはめたように提示できるものではないと示唆しています。




彼らの描いた心理的成熟のプロセスは、ほぼ共通した内容をもち、「自己実現」プロセスとして一括できるようなものであった。それは、一面的な自我を脱して、本来的自己を実現してゆくプロセス、あるいはより真正なる自己に漸進してゆくプロセスであり、自己への究極的な関わりを特徴とするものである(「心理的自己実現論の系譜と宗教」堀江宗正)




他者との相互作用によって変容する自己

球全体が「自己」

人間の「意識」は、防衛機制によって自分の中にある矛盾を糊塗し、嫌なものは自分ではなく常に他人によってもたらされると認識しがちです。そのため、「自我」の視点にのみに立つ人は、自他を切り離して狭い視野になり、適正に自分を振り返ることを苦手とします。しかし「自己」という捉え方なら、あらゆる物事に「自己」の反映を見出せるのですから、様々な問題を自分のものとしたアプローチが可能となります。

私たちは、エリクソンの発達理論などを参考にしながらも、自分の人生の「自分らしさ」を誇りとして、良くも悪くなるのも「自分の人生」として受け入れていくほかはありません。そのためには、自分の心の風景を描き出しているものは自己自身であるとする捉え方を持つ必要があります。「自己」の説明を求められたユングは、「ここにおられるすべてのひと、皆さんが、私の自己です」と答えたといいます。目の前の他者は自分と「相互作用」して自己の一部となっていきます。それらも含めて自分自身を再発見し受け入れていくことが「自己統合」なのです。

 

 


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「自分の気持」を受け取って貰えた喜びは、人をどのように変えるだろう

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