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紙ふうせんだより

紙ふうせん便り 12月号 (2020/01/31)

私達の使命とは何か

ヘルパーの皆様、いつもありがとうございます。皆様のおかげで祖師谷訪問介護事業所の開設から一年が経ちました。梅丘もケアマネさんや訪問の社員が増え、大所帯になってきています。日頃からの皆様のご協力に感謝いたします。年末年始に稼働されるヘルパーさん、本当にありがとうございます。皆様が健康を維持され利用者さん共々に無事に年を越されるように念願しています。年末なのであらためて視野を拡げて介護について考えてみましょう。

目的が明確になる事によって高まる喜び

企業の目的は、サービスを通して社会(顧客)に貢献する事です。私たちが仕事をする事は、企業という枠組みを通して社会(顧客)に貢献する事です。企業の目的が明確になり正しく進んでいるならば、従業員の会社への貢献は、そのまま社会への貢献となります。これは「仕事のやりがい」にも直結します。自分自身が、誰のために何の為に働いているのか明確になれば、労働意欲は高まります。顧客のニーズに気付く力は高まり、会社の業績も伸びていくでしょう。逆に、社会の風潮や企業が目先の利益だけに捕らわれていると、個人の視野も「生活の為」「お金のため」だけに限定されてしまいがちです。そうなると仕事は面倒な作業をこなす時間の切り売りとなり、意欲は低くなってしまいます。目的が不明確で視野が狭い生き方からは、自分自身の人生を自分らしく生きているという豊かな実感は生じてくるでしょうか。人と人の様々な社会的な関わりは必ず誰かに影響を及ぼします。「善い関わり」という目的意識を明確にして、それを自分の態度に具体化させていく事は、周囲と自分を変えていきます。その関わりは自分の心にも影響を与え、自身の生きる喜びとなるのです。

現代経営学者でありマネジメントの父とも呼ばれるピーター・ドラッカーは、「事業の目的は顧客の創造である」としています。解り易く言えば「仕事の目的は(サービス提供を受けて)喜ぶ((顧客))人を増や((創造))す」という事になります。企業は大きな利益を上げた時、その利益を事業拡大などに再投資します。そこで顧客の再創造が行われますから、企業の目的は(仕事の目的も)どこまで行っても「喜ぶ人を増やす」事となります。ドラッカーは、経営者や株主の利益を増やすためだけに企業があるのではないと喝破しています。

ドラッカーは、「成功を収めている企業は、『われわれの事業は何か』を問い、その問いに対する答えを考え、明確にすることによって成功がもたらされている」としています。そして次の5つの問いを立てています。①われわれのミッション(使命)は何か? ②われわれの顧客は誰か? ③顧客にとっての価値は何か? ④われわれにとっての成果は何か? ⑤われわれの計画は何か? この問いが「われわれ」なのは、自分こそが自分自身の生き方のマネージャー(経営者・監督)でなければならないからであり、また、目的は周囲と共有する必要があるからです。

 

 

「5つの問い」を介護に即して考える

私達の使命とは「生きてて良かった」と利用者さんに感じてもらう事です。これが①です。➁利用者さん。 ③命の価値。(利用者さんが自分の命の価値を感じられるようにする事) ④「あなたに会えて良かった」という気持ちを利用者さんと支援者が交感できる事。 ⑤尊厳を守り自己決定を支援する「自立支援」の推進。 いかがでしょうか。この目的を皆で共有するのなら、私達全員が介護職員でありケアマネージャーであるとも言えます。利用者さんの声なき声に耳を澄ませ代弁者にもなる私達には、「支援の持つ意味」への深い自覚が必要なのです。ケアが上手くいかないのは誰か一人の責任ではありません。「家族が無理解だから」「制度が」「ケアプランが」「ヘルパーが」「サ責の対応が杜撰だから」と悪者を作っても解決しません。それで困るのは利用者さんです。元より「家族を含め関係者皆がケアの目的を共有しているか?」「目的を共有する事に対して、また共有された目的に対して一人一人が自分の役割を明確に自覚しているか?」「自分自身はどうか?」という事が問われている(反省)のです。事業所の体制も大きな課題です。皆でより良いケアを目指して行きたいと思います。

「命そのもの」を目的とする社会へ

さて、「社会に貢献する」という言葉に引っかかった方もいるのではないでしょうか。「能動的に周囲に働きかける事のできない重度障害者の方などは具体的に社会貢献するイメージが持てない方もいるのであって、“何かに貢献する事”が生きる価値のように言ってしまったら、“貢献できていない人は生きる価値がない”となってしまわないか。“貢献”という考えは、健常者に限定される尺度ではないか?」という疑問です。繊細で素晴らしい感性です。そこは、ドラッカーが企業の目的を利益確保から社会貢献へと視野を広げたように、視野を拡げて見ればどんな人も社会に貢献する事は可能であり、どんな重度者でも「生きているだけで価値がある」と断言できるのではないかと思います。

地(※)獄のような状況下で「生きる価値とは何か?」を考え抜いた心理学者V・E・フランクルは、人生の価値を次のように示しています。それは、人が何かを創造する事によって、世界に何かを与える価値(創造価値)。人が人との出会いや体験を通して、世界から何かを受け取る価値(体験価値)。人が現実に対して「とる態度」によって生じる価値(態度価値)です。このうちの創造価値と態度価値は社会貢献に該当します。フランクルは、強制収容所は人間からあらゆるものを奪ったが「与えられた事態にある態度をとる人間の最後の自由を、とることはできない」という事実を持って、何者にも奪われない人生の価値を確信し、「態度価値」はどんな状況でも実現可能だと訴えています。困難な状況に陥った利用者さん、思い出深い利用者さんを思い浮かべて下さい。その方から私達は生きる事の困難さと、それ故の「生きる事の崇高さ」を学びませんでしたか? 利用者さんが生きて死ぬ事によって示した態度価値によって、その方の頑張りが私達心の中に焼き付いているから、私達は今日も頑張れるのではないでしょうか。「社会に貢献する」とは特別な事ではありません。私達が目の前の利用者さんに一所懸命になる事、利用者さんが頑張って生きる事、それが社会の中の誰か対して「あなたは生きているだけで価値がある」「あなたに生きていて欲しい」というメッツセージを送る事になり、「命そのものを大切にする社会」へと社会の変革を促していくのです。

※ヴィクトール・E・フランクル(1905-1997)のナチスの強制収容所に収容された体験を元に著した『夜と霧』は、17カ国語に翻訳され多くの人に影響を与えている。(紙ふうせんたよりH26.7月号や「スピリチュアルケア研修」でもフランクルを取り上げています。この資料は自宅学習ができるようにまとめてあります。個別研修にお役立て下さい。
 
紙面研修
「生の意味」を見出す支援
 ユダヤ人として苛烈な体験をした神経科医で心理学者のフランクルは、「ロゴセラピー」を提唱した。ロゴセラピー(意味中心療法)とは、人が自らの「生の意味」を見出すことを援助することで心の病を癒そうとする心理療法だ。ロゴセラピーは以下の3点を基本仮説としている。

「意思の自由」 人間は様々な条件、状況の中で自らの意志で態度を決める自由を持っている。

(これは決定論や運命論の否定であり、自立支援の中でも最も基盤となる「自己決定権」とも重なる。)

「意味への意志」人間は生きる意味を強く求めている。

(支援の中で「生きる意味が無い」と言われる方は意味を見失っている状態。自分の役割や他者からの承認が無いような自分の意味を見出せない状況は苦痛である。)

「人生の意味」  それぞれの人間の人生には独自の意味が存在している。

(その意味は、その人自身が見出すものである。)

ロゴセラピーは、絶望している人に対して、「あなたは生きていてもしょうがないと言われますが、どうしてそう思うのですか?」「その理由が解消したらどう思いますか?」「考え方を変えてみたら、この状況も意味のあるものになりませんか?」「あなたを必要とする人がいても生きていく意味がないのでしょうか?」などの平易な言葉での対話によって、生きる意味の再発見や転換を促すものです。それは、人生の意味や価値への評価の「評価の仕方」を変えようというものです。ここでの対話は、説教ではありません。
 

自分自身の生きる目的を見出すのは誰だろう?

 自分が「どうする」か「どうしたい」かを決める権利や力は誰にあるだろう?

利用者さんに「〇〇したい!」と思ってもらえるような支援はどうやったらできるだろう?

 
介護に即して言えば、「だめよ、そんな風に思っちゃダメ!」という支援者本位の説教は、そう思える「支援者」とそう思えない「私」の間にある壁をより高く自覚させてしまい、利用者さんは本当に「利用者」という受け身の殻に閉じこもってしまい、自分の変革を拒んでしまいかねません。同様に、「危ないから歩かないでね」という声掛けも「もう歩けない、歩いてはいけない利用者の私」という支援者側の自己イメージを利用者さんに押し付けてしまい、利用者さんの生きる力を奪ってしまいかねません。声掛けをするなら「歩きたい時は声をかけてね」とか「歩くときは十分に気を付けてね」と言い換えるべきです。

ロゴセラピーは、「生きていく意味がない」という辛さに共感を示しながら、「どうしてそう考えるのですか?」「それはなぜですか?」と質問を重ね、「状況に意味を見いだせるような質問」を行う事によって、自己覚知を促していきます。そのような質問は経験を重ねる事で上手になれる技術のようなもので、実際に困難にめげないで挑戦できる人は、自分自身に対しても「どんな出来事にも意味がある。この出来事が自分に求めている変化は何だろう?」と、問いかけをしています。フランクルは、『自分の人生に意味を見出そうとする努力は、人間の内なる根源的な動力である。』『人間は、自分の人生の意味の充足に自らを委ねれば委ねるほど、その程度に応じてのみ、自分自身を実現する。』と言っています。意味を見出そうとする意欲も力も人間の中にもともと備わっているのです。だから、私達のなすべき事は「生きてて良かった」と感じられるような「楽しみ」や「喜び」といった「感情の交流」を支援の中で作っていく事なのです。

 

「紙ふうせんだより」のバックナンバーが必要な方はお申し出下さい。

 


忘年会2019 (2019/12/20)

先日、紙ふうせん梅ヶ丘事業所内で、居宅支援・訪問介護交えて

立食パーティー式の忘年会を開催しました。

今年1年を振り返り、皆様楽しく語らっておりました^^



 


豚汁会@梅ヶ丘 (2019/11/11)

先日、梅ヶ丘の事業所にて来訪されたヘルパーの方々も交えて皆で豚汁を食べました。

最近寒くなり風邪など流行りつつあるので、たくさん食べて体を温めて過ごしましょう(^.^)


2019年度 防災訓練 (2019/10/18)

令和元年9月6日に防災訓練を実施した。

想定:震度5以上の地震が発生し、事務所が危険な状態

目的

  1. 避難方法・経路の確認
  2. 避難時の持ち物の確認
  3. 経路の危険な場所の確認
まず瀬口CMが全体の流れを説明。各自緊急バッグを背負い裏口から避難する。

道中塀など倒壊しそうな危険を予測しながら、避難場所である羽根木公園管理棟を目指す。斉藤HPを先頭に入山CMが車いす介助を

行いながら慎重に羽根木公園を目指す。目的地に到着した後は状況報告、人数確認。

帰所後は防災用の備品・転倒防止用の突っ張り棒の状況を確認する。突っ張り棒一部緩んでいた箇所があったため直す。

その後通常の業務へ戻った。

まとめ・感想

避難場所への経路・途中の倒壊しやすい地点の確認ができ、災害時の避難の良いシュミレーションになった。利用者ごとに避難方法は違うと思われる
ため日ごろから避難経路・方法や備品について考えておくことが重要であると感じた。


紙ふうせんだより 7月号 (2019/08/21)

2019年(令和元年)7月 文月号
 

利用者さんを笑わせたい

ヘルパーの皆様、いつもありがとうございます。今年は25度を下回る日が多く、16年ぶりの寒い7月のようです。8月からの急な高温には身体がついていかなくなってしまうでしょうから、体調管理にはお気をつけ下さい。

七夕の願い事

旧暦の7月7日は「七夕」で(新暦に直すと2019年は8月7日)、五節句の一つ「七夕(しちせき)の節句」のお祝いです。もともとは、古代中国の織女と牽牛の伝説にあやかった「乞巧奠(きこうでん)」という裁縫の上達を祈願する女性の行事でしたが、奈良時代に日本に伝わり、和歌や習字などの上達の祈願を短冊に書いたようです。今では願い事を何でも書いて良いものとなりました。

「笹に願い事を吊したってかなう訳ない」と、大抵の大人は思います。それでも短冊を渡されて「どうぞ」と頼まれたら、皆さんは何を書きますか? 書こうとした時に、経済的合理性や実現可能性や「どうせ無理」という諦めが先行してしまい、想像力の自由な飛躍に蓋をしてしまってはいせんか。結局安易に「サマージャンボが当たりますように」等と書いてしまいます。でも小さな子供は違います。「怪獣になりたい」等、自分の関心と情熱にまっすぐです。“無邪気”な子どもの願い事を見て癒されるというのも悪くはありません。では、大人になるにしたがって自分に入り込んでしまった“邪気”とは何なんだろうかと考えてみる事も、自身の本当の願いに対して自分が素直になれるかもしれなくて、良い事なのではないでしょうか。

持って生まれたままの自然な子供(FC)と型にはめ込まれて順応した子供(AC)

大勢の人の前ではツンツン棘(とげ)がある態度を取りながら二人きりになるとデレっと甘えてくるキャラクターの事を、アニメや漫画では「ツンデレ」と呼びます。ツンツンとは、「弱みを見せたくない」「しっかりしているところを見せたい」という気持ちで周囲に対して防御線を引いている状態ですが、“大人な”態度であろうとして子供状態の自我が無理をするから、意図しない棘が出てしまうのです。結果、周囲との人間関係がぎくしゃくしますが、その反動で、甘えさせてくれる相手(甘えられる関係)だと態度が逆転します。際限の無い甘えに今度は相手が疲れて、関係が破綻する事もあります。でもまあ、そのような失敗を経て自分について考えたり客観視する努力を重ねて大人の自我を育てていくのですから、発達のために必要な“大人子供”の段階とも言えます。この自我状態は、子供の自我ではありますが、生まれ持った天真爛漫さを純粋に発揮する状態(Free(フリー) Child(チャイルド)=FC)ではないので、エリック・バーン(※1)による「自我状態の分析理論(TA)」では、親によって躾(しつけ)けられた子供(Adapted(アダプテット) Child(チャイルド)=AC)と呼びます。このACは、その時の対人関係に自分が適応的だと、従順さを示したり甘えたりしますが、適応的でないと反抗を示したりひねくれたりという二面性を示します。もっともどんなものにも二面性があるという事は、心得ておきましょう。

※1 Eric Berne(1910-1970)カナダ出身の米国の精神科医、1957年に「交流分析」を提唱。

親の態度(P)に対応する子供の態度(C)

TAによると親の子供に対する態度には、批判的な親(Critical(クリティカル) Parent(ペアレント)=CP)と保護的な親(Nurturing(ナーチャリング) Parent(ペアレント)=NP)があります。CPは、指導的な態度で子どもの責任感などを育み、NPは、慈しみや励ましで、子どもの持って生まれた可能性を育みます。




「親の自我状態」(NPまたはCP)

親と同じように考え、感じ、行動する。

「子供の自我状態」(FCまたはAC)

子供の時と同じように考え、感じ、振る舞う。

「成人の自我状態」(A)

これまでの人生経験を基にその状況で最も適切な考えや気持ち、行動を示す。




躾けるという事は、子どもに規律や道徳を教える事です。しかしその教え方が、強すぎるCPによって、高圧的で言う事を聞かせようとするだけになってしまうと、子供は内心では怯えたり反抗したりしながらその気持を表現できずに、表面は従順で親に媚びたりします。このような裏腹な感情が先ほどのACの二面性を生じさせるのです。また、“優しい親”にも落とし穴があります。優しさはNPの要素ですが、親の都合で、子どもの為にというよりも自分の為に子供を甘やかすようになってしまうと、子供は、FCが持っている自己中心性を強化してワガママになってしまいます。このように二面性について検討してみると、養育過程で子供に侵入するものは、“子供を思い通りに操縦したいという親の支配欲”だという事が解ってきます。愛情も二面性があるんですね。

TAでは、人は時と場合に応じて、「子供の自我状態」と「親の自我状態」と「成人の自我状態」を取るとしています。そして「子」と「親」の自我状態は対応すると考えています。つまり、FCにはNPが、ACにはCPが対応します。そして、態度がコロコロと変わる人は「子」や「親」になったりを繰り返しているのであって、“成長によって獲得した自分(Adult(アダルト)=A)”が弱いという事なのです。このAを伸ばす為には、本や新聞を読むなどして視野を拡げたり、日記を書く事などによって自分を客観視する機会を作る事なんだそうです。「成人の自我状態」が安定すれば、自分の自我状態が相手に影響を与えて周囲を振り回したり、受け身になって自分が振り回されたりする事も少なくなってきます。(但し、Aが突出すると冷徹で打算的な印象を相手に与えます。)

※2「交流分析」のエゴグラム(CP・NP・A・FC・ACの視覚化)は自分の型や苦手要を自覚して、意識して自分を変えていこうとするものです。Eric Berne「他人と過去は変えられない。自分と未来は変えられる」

“子供心”を忘れていませんか?

さて、七夕の短冊に「利用者さん笑わせたい」と書いたとしましょう。どうしたら良いのか、答えは既に出ています。“純粋な笑顔”は無邪気な Free(自由な) Child(子供)の表れです。介護職は、対人援助という職務上「親」の自我状態になりやすく、それに対応して利用者さんが「子」の自我状態となってしまうと、ネガティブ面ではワガママや依存、受け身や反発を招きます。ベーシックな関係はAとAの関係ですが、Aばかりだと素っ気ない他人行儀となります。利用者さんを心から笑わすには、自分が自然とFCを出せる事が大切なのです。どうやったら仕事中にFCを出せるでしょうか。それは、仕事を子供の頃の遊びのように純粋に楽しむ事です。そんな事を言うと「介護を遊びだなんて不謹慎だ」と言う人がいます。でもちょっと考えてみて下さい。それは親から刷り込まれた先入観(CP)です。どんな事が自分のFCを素直に出す練(※2)習となるのでしょうか。日常生活で「感情を素直に出す」「趣味の時間を作る」「スキップをしてみる」等、なんだそうです。「なんだ、そんな事か」と思いませんでしたか? では明日からは、スキップをしながら利用者さん宅に訪問してみましょう。
紙面研修
救急車の呼び方■■■
  • 意識レベルが低い。呼びかけへの反応が薄い(寝てるわけでは無い)
  • 呼吸が苦しい様子。唇が紫色。(心臓?)
  • 胸痛がする。(心臓?)
  • 怪我をして自力で動けない。強い痛みがある。
  • 腹部を強く打った後、痛みが強く、嘔吐や吐き気がする。(内臓?)
  • 広範囲なやけどをした。
  • 頭を打った。または、その他の理由で意識状態がおかしい。(頭?)
  • 転倒などで、手や足の一部または全部に力が入らなくなった。(脊椎?)
  • 転倒などで、強い痛みがある。(骨折?)
  • 激しい腹痛がする。(胃腸?内臓?)
  • 多量の吐血や下血がある。(消化管からの出血)
  • 痙攣が続いている。(脳?神経神経障害?)
  • バレー徴候がある。(脳卒中?)
これら以外でも、緊急に病院へ搬送する手段のないときは救急車を要請して下さい。

通報の際は、おちついて、はっきりと通報する。(事務所と連携済の状態で対応します)
  1. 119番にダイヤル(携帯電話がベストです。電話しながら作業ができます)
  2. 火事ですか?救急ですか? →「救急です」 どうなさいましたか? →「訪問介護のヘルパーです。利用者さんが…」
〇訪問したら倒れていました。

〇目を離した隙に転倒して、起き上がる事が出来ません。股関節に痛みを訴えています。

〇訪問したら椅子に座って目を閉じていますが、呼びかけに名前は答えられますが、普段会話ができる方なのに、会話ができません。意識レベルがおかしいです。

※緊急性があると判断した根拠が伝わるように話す。

通報されてる方はどなたですか?→「ヘルパーの〇〇〇〇です。」

住所はどちらですか?記録ケースの中のケアプラン、介護保険証、テーブル上の郵便物等で確認

緊急連絡先一覧があると便利。

連絡先は何番ですか?→「この携帯番号でお願いします」

→これから救急車が向かいます。

「今救急車呼んだからね」と安心させる。

※この間、救急車と一緒に持っていく荷物をまとめる。(折り返し電話がかかってくる)

現場で全てを対応している場合は余裕があれば家族に「救急車を呼びました。搬送先が決まったら病院に向かえますか?」と電話する。

3.救急隊です。どのような状態ですか?いつからですか?

→先ほど伝えた情報を再度まとめて伝える。要介護〇、性別、氏名、生年月日も。

「○○さん、いつからですか?…ご本人に聞いたら昨夜からこの状態だそうです…」等、

(突然の激しい頭痛、急な息切れや胸痛や呼吸困難は、脳卒中や心筋梗塞か?)

4.サイレンの音が聞こえたら、可能であれば表に出て救急隊を誘導する。

5.救急隊が到着したら、行った応急手当、容体の変化、既往歴などを報告する。

救急隊は利用者さんのバイタルを確認する。

飲まれてる薬はありますか?→「用意してあります」等、薬の情報を伝えたりします。

かかりつけの大きな病院はありますか?→診察券を渡すか病院名診療科を伝える。

(搬送先選定に必要な情報です)

ご家族はどちらですか?→緊急連絡先への対応状況を伝える。

(搬送先の病院で手続きが必要で、連絡が付かない・身寄り無し等だと救急車に同乗を求められる)

ヘルパーさんは基本的には同乗しません。 現場でわからない情報は事務所に問い合わせをする。

6. 救急隊は利用者さんをストレッチャーに乗せて救急車の車内へ運ぶ。

※火の元の確認、窓と玄関の施錠、利用者さんの荷物を救急車へ運ぶ。

搬送先が決まったら救急車は出発します。事務所・ケアマネ・家族等へ搬送先を連絡する。



 



 

 

 

 

 

 

~~合同ヘルパーミーティングのお知らせ~~

【日時】 令和1年 8月23日 金曜日

暑気払い(研修会)と同時開催。(案内は別紙)

当日は、懇談が中心となります。ざっくばらんに話し合いましょう。

会議参加手当(ミーティング)は1回につき1370円です。

 

 


紙ふうせんだより 6月号 (2019/07/12)

2019年(令和元年) 6月 水無月号

雨にも負けず 自分にも負けず

ヘルパーの皆様、いつもありがとうございます。今年の梅雨は、しとしと長雨というより、大量に降っては晴れるので、まるで熱帯のようですね。ともかくこの時期は食中毒などにご用心。また、雨の日の自転車移動は見通しも悪くなるし、注意が前方ばかりに向きますので事故に注意して下さい。余裕を持った早め早めの移動をお願いします。

悩み苦しむ人とどこまでも一緒に悩み苦しむ」 宮澤賢治の覚悟

雨の季節に必死で自転車を漕いでいると、「雨にも負けず 風にも負けず」と東奔西走する一編の詩が思い出されます。この宮澤賢治の「雨ニモマケズ」を読むたびに、困っている人や悩んでいる人に“寄り添う”とはどのような事なのか、考えさせられます。

宮澤賢治は、東北の貧農たちと同じ生活苦を味わいながら、彼らの生活向上を目指す事を自らの理想としました。自ら農作業に勤しみ極端な粗食を良しとし、その中で農業技術者でもあった賢治は、周辺の農民達に肥料相談や稲作指導を行い、農民のための農民による芸術の実践をなど試みました。「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」とした賢治は、無理が祟り37歳でこの世を去っています。賢治の遺した手帳の書付け「雨ニモマケズ」からは、心の底に秘めていた想いが伝わってきます。「涙を流し」「おろおろ歩き」「みんなにデクノボーと呼ばれ」「ほめられもせず」などは、自分の能力を誇る事を徹底して拒否し、自分が無力である事を肯定し、それでも、だからこそ自分自身は悩み苦しむ人とどこまでも一緒に悩み苦しもうとしています。「そういうものに わたしはなりたい」という賢治は、自分の苦労が報われない事も覚悟しています。本当の心の痛みは、力があるから、強いから、知識があるから、専門家だから“助けてあげられる”というものではありません。それを知っているから、賢治は必死になって心の痛みに寄り添うのです。苦しむ人の「支え」となるものは、“解決策が与えられる事”ではなく、共に悩んでくれる人の「存在」なのです。

 

終末期に必要な「共に老い、病むべき仲間」による「支え」

終末期ケアでの

「ケア」の定義
CURE(キュア)

(治す・癒す)
CARE(ケア)

(配慮・気配り)
認識の原点 生を基点、病を治す 老い・病・死を基点
目的 健康に戻る 意味ある生の完成
援助者の立場 患者から見て指導的立場 共に老い、病むべき仲間
http://www.grief-survivor.comより、一部改変し引用
かつて“スパゲッティ・シンドローム”(延命装置などのさまざまな管に繋がれた状態)として、命の尊厳を脅かしていると批判された終末期の医療は、その反省から「治療」から「緩和医療・ケア」へと、残された人生のQOLを重視する方向へと転換するようになりました。「援助者自身が、共に死すべき者、共に老いるべき者、共に病むべき者として、有限な存在である自己を受容し、苦しみのなかにあるひとの想い・願い・価値観が成長し、変わるのを支える」と『ケアの思想と対人援助』(村田久行)にあるように、ケアを行う援助者の持つ意味も、「専門家による指導」から「共に老い、病むべき仲間」による「支え」へと転換してきました。

一回限りの人生を自分らしく生き抜くために

人生の最終段階で生じる「私は私でいてよかったか?」という人生の全てを振り替えるような疑問は、身体や精神よりも根源的なものとしてスピリチュアルペイン(魂の痛み)とも呼ばれていますが、それは“存在の苦悩”として実は誰でも持っています。「何のために生きているのか」、今まで一度も考えた事が無い人は居ないでしょう。自分が乗っていたバスが事故に遭って乗り合わせた人が亡くなった時には、「なぜ自分は生きているのか」と考えます。物心がついた頃に「人はなぜ生まれて死んでいくのか」と思ってみたり、終わりなき日常に「毎日繰り返される体験の意味は何か」と悩む時もあります。全てそれらは人生の『意味』についての問いであり、その回答を示さなければならないのは他でも無く自分自身であり、一回限りの自分の人生を自分らしく生き抜いてみる以外に答えはありません。このような人生の問いと答えには、専門家というものは存在しません。生老病死の意味を悩み『意味ある生の完成』に向けて生きているのは、利用者さんだけではなく私たち自身も同様なのです。
※宮澤賢治の自宅兼私塾兼集会所の羅須地人協会の黒板には、「下ノ畑ニ居リマス」とあった。「…おやつはそこに置いてあるよというやさしい心ずかいの意がかくされてあったのです。私たちは学校の帰り先生の家を訪ねては、おやつ捜しに入り、それをかってに取り出しては食べて帰るというのがなんとも楽しくて…」(当時の塾生の回想)
私たち自身が利用者さんと「共に老い、病むべき仲間」であろうとし続けるのであれば、利用者さんの苦悩は私たち自身の苦悩の一部となります。その時、私たちが安易に答えを出そうとするのではなく利用者さんと一緒に悩む事によって、その態度こそが、利用者さんが自分の答えを自身で見出していく支えとなるのではないでしょうか。ここに「人が人に寄り添う」ケアの本質があります。“生の完成”という大事業は創造の苦しみを必要とします。自暴自棄になって介護拒否をする方がいたら、その人自身も悩んでいますが私たちも悩みます。寄り添う事は言いなりになる事ではありませんから、提案が意に添わなかったために「デクノボー」と罵られる事もあるかもしれません。その時に刺された私の心の痛みは、その人の持つ痛みでもあるかもしれないと思い至る時、時を同じくして、自暴自棄という表現の裏側にある悔しさや憤りや悲しみの「意味」に、その人自身が気が付つくかもしれません。倒れた者もいつかはそうやって、これこそが自分の人生なのだと、一回限りの人生をもう一度自分らしく生き抜いて(死んで)みようと覚悟を決めるものです。私たちに必要なのは、その覚悟への歩みを見守り、隣に居ようとし続ける私たち自身の覚悟ではないでしょうか。

 

緊急時対応チャート

詳しくは紙面をご覧ください。

 

労災(労働災害)にご注意下さい


★介護中の事故(ヘルパーさん自身)→ぎっくり腰、圧迫骨折

◎腰痛予防などのために、就業前に準備運動をしましょう。

※無理な動作はしません。

◎入浴で血行をよくして、筋肉の疲労や強張りをとりましょう。

 

~ヘルパーミーティングのお知らせ~

月一回定例のヘルパーミーティングは、偶数月を梅丘と祖師谷の合同で全体のミーティングとして行い、奇数月は梅丘・祖師谷別に開催します。

(内容)利用者さんの状況等・支援計画の変更の必要性の有無 今月の議題・伝達事項

★ミーティングと研修会を同時開催しています。

会議参加手当(ミーティング)は1回につき1370円です。

◎入浴で血行を良くして、筋肉の疲労や強張りをとりましょう。
梅丘ヘルパーミーティング

7月17日(水)18:30~
【研修】熱中症・脱水対策(佐川)
祖師谷ヘルパーミーティング

7月23日(火)18:20~
【研修】残存能力を奪わない介護(小泉)
 


紙ふうせんだより 5月号 (2019/06/12)

2019年(令和元年)5月 皐月号

紙ふうせんだより

自分”とは何か

ヘルパーの皆様、いつもありがとうございます。体調を崩されている方はいませんか? これからの季節気温も上がりますが、身体や生活環境が冬仕様のままの利用者さんは、脱水が心配されます。水分補給や薄着、エアコン使用への声掛け等をお願い致します。私たちも季節の変わり目には体調管理に努めましょう。そして人生の変わり目には自己覚知が必要です。

五月病の本当の意味

発達心理学(※1)では、人は生涯を通して変化・成長を続けるものと捉えている。人生の各段階に応じた心理的課題があり、幼児から高齢者に至るまで、誰でも人生の節目節目に発達課題を体験する。今の自分にはどんな課題が生じているだろうか。課題を自覚し、自己認識を改めていく必要がある。その時、以前の段階で抱いていた自己概念(自分がどんな人間であるかということについて抱いている考え)は、たいてい変更を迫られる。

例えば学業優秀な学生が、自信を持って自分のやりたい事に胸を膨らませて就職した。しかし、会社は自分のやりたい事を実現する為だけにあるのではない。多くの職場は、業務の基本的な流れに則る事やあるべき態度の習得や所定の条件など、会社側の要求を持っている。“自分のやりたい事は違う”“こんなはずじゃなかった”と、会社に対して幻滅するような事もあるだろう。この葛藤は新年度の五月病としてもよく現れる。どんな会社にも欠点はある。しかし、問わなければならないのは自分自身ではないだろうか。自我は、自分の内側からの欲求と外部からの要求の狭間で苦しみもがく。学生時代に確立した自分に自信が無くなったり、自分を手放さないように外部と戦ったり、周囲の期待に応えようと闇雲に頑張ったりする。自分の内側に自分を見出そうとする視点と、外側に見出そうとする視点との間で悩み揺れ動く事は、自分自身を鋳造しなおすために必要な心理的作業だ。この時、視野狭窄して 自分のイメージに固執すれば孤立してしまうが、孤独の中に内省を経て周囲との親密性が回復されれば、自分が見ている“自分”と他者から見えている自分は、実は異なるんだという事に気が付く。このような自分自身の再確立の機会は、人生で繰り返し何度も訪れる。

「自己統合」高齢者の究極の課題

利用者さんの場合はどうだろう。要介護高齢者ともなると自己概念の変更は自分の望まない変更となるので、受け入れる事により大きな困難が伴う。しかも、自分の再確立の機会は若者に比べたらもうほとんど残り僅かしかない。心の中では「私は私でいてよかったか?」という人生の全てを振り替えるような疑問が沸き起こり、過去の課題の持ち越しややり残しが余りにも多いと、自分の人生が本来の自分ではなかったのではないかと絶望を感じてしまう。しかしそこで「死(※1)そのものに向き合う中での、生そのものに対する聡明かつ超然とした関心」が生じ、自分が“自分であること”を認め、人生の全体を視野に入れた自己受容が行われれば、一生の課題であり続ける「自己統合」が行われ生涯の宝となるだろ。

※1エリクソンの8つの発達段階が有名 初期青年期の課題は「親密性 対 孤独」老年期は「自己統合 対 絶望」

自己概念が変化しようとする時、人はどんな気持ちになるのだろう

乳がん患者の場合は見てみよう。(右図)介護外から引用したのは、そこに高齢者の課題や自分の課題との共通項を見出して欲しいからだ。この論文には、「問題に直面したり意思決定する時には誰もが心の揺らぎを経験する。心の揺らぎが大きくなると(略)“不確かさ”が生じる。(略)不確かさは人が人生についてのひとつの見方から、より高い秩序に立った見方へと移行する機会である」とある。

乳がん患者の自己概念の変化を表すパターンとテーマ
パターン(抜粋) テーマ
これからの生活に自信がない

身体に対するショックを受けた

元の生活に戻れない自分がもどかしい
納得していても心が揺らぐことがある
周りの人に助けられているいる

同病者との関わりは大切だ

人に優しくなれる
同病者を他人と思えない
病気を知られることに抵抗がある

人に同情されたくない
がん患者である自分を守りたい
やりたい事をやっていきたい

前向きな気持ちでやっていく

自分を大切にしている
これからは自分のためにも生きていきたい
今までと変わらずにやっていく

頼ってはいけない
今までの自分でやっていける
 

「自己統合」への道

自己概念の変化の機会はいつだって誰にでも起こりうる。それまで自分自身に抱いていたイメージがどのようなものだったかは大した問題では無い。“自信のある自分”にこだわって自信を失う事もある。自信過剰だったと考え至れば、ポジティブさは劣等感の裏返しだったと思うかもしれない。“ネガティブな自分”を自覚するがゆえに素直に周囲のアドバイスを耳に入れ、勤勉に取り組んだ結果として劣等と思い込んでいたものの中の好ましい性質に気が付き、自己評価が反転する事もある。大切なのはそれまでの“自分の枠”を上手に壊してやる事だ。壊す事を恐れたら新たなものは何も創れない。社会や企業にも変化が必要だ。だが、自分自身の人生において最も標的としなければならないものは自分自身である。自分を棚に上げて外側を責め、自分が変化する機会を取り逃がしてはつまらない。この課題は、若者だけでなくベテランや高齢者にもあてはまる。自分で自分の入る牢屋をこしらえてそこの警備員に収まるくらいなら、全力で檻を壊さなきゃならない。

“自分”とは何だろう。それは、“自らのものと感じる領分(力の及ぶ範囲、領域)”だ。大抵の人は、好ましいところだけを“自分”として嫌なところは見ない振りをしがちだ。そんな自己不(・)受容な態度は自己統合の妨げとなる。狭い自分を拡げるために出来る事は何だろう。一つ提案がある。自己統合を目指す人を本気で支援する事だ。利用者さんの悩みや喜びを、自分の悩みや喜びとして捉えてみよう。癌患者の心の揺れも自分のものだ。鬱サバイバーや若者の悩みも自分のものだ。そうやって“自らの事として幸せを願う領域”を拡げていこう。

やがて自分自身にも死の床に回想する時が必ず来る。自分はどう生きただろう。生きとし生けるものは皆必死で生きている。その命の燃焼のなんと崇高な事か。あれもこれも全て自分自身の事だった。全てに意味があり自分は森羅万象と繋がっている。このような実感が「自(※3)己実現」や「自(※4)己超越」や「自(※5)己統合」なのだ.

『老いの近代』岩波書店 天野正子

「子どもに玩具を与えれば、子どもはそれを口に入れたり、叩いたり、投げたり、壊そうとする。一見、大人からすれば、玩具を壊そうとしているように見える。しかし、子どもはその対象物を知りたくて、理解したくて、所有したくて、壊すのである。すなわち、破壊そのものが目的ではない。こう考えると、人間の身体的・心理的・社会的減退も、また違った意味を呈してくる。加齢に伴う体力の減退、社会的地位の喪失、心理的不安定性、これらの現象は人間をまた新たに創造するために、人間を深く理解し、自分の存在を収斂するための手段であり、いわば人生の「統合」に匹敵するものではないだろうか」

※2「乳がん患者の自己概念の変化に即した看護技術」日本看護学会誌Vol.19 1999

※3ユング(分析心理学)1875-1961 ※4(人間性心理学)マズロー1908-1970 ※5エリクソン(発達心理学)1902-1994

労災(労働災害)にご注意下さい

★介護中の事故(ヘルパーさん自身)→ぎっくり腰、圧迫骨折

◎腰痛予防などのために就業前に準備運動をしましょう。

※無理な動作はしません。

★通勤・移動中の交通事故(自転車)→転倒・衝突

移動交通事故の“ヒヤリハット”報告書フォーマットを作成しました。ヒヤリハットの該当者は、申告して報告書を作成して下さい。(ヘルパーさんには文書作成手当がでます)

皆でリスクを確認し合いましょう。

◎交通事故予防の為には、環境要因(道路状況・混雑・時間帯・天気)や、自転車要因(機能構造・整備不良)、相手によるもの(飛び出し・よそ見・スマホ等)もありますが、自分自身の要因にも注意を払わねばなりません。以下を自分自身に確認しましょう。

思考          動作            認知           体調

□予想しなかった    □無理なそうさをした    □よく見えなかった    □疲れていた

□大丈夫だと思った   □不要な操作をしていた   □気が付かなかった    □イライラしていた

□考え事をしていた   □急いでいた        □よそ見をしていた    □心配事があった

~ヘルパーミーティングのお知らせ~

月一回定例のヘルパーミーティングは、偶数月を梅丘と祖師谷の合同で全体のミーティングとして行い、奇数月は梅丘・祖師谷別に開催します。

(内容)利用者さんの状況等・支援計画の変更の必要性の有無 今月の議題・伝達事項

★ミーティングと研修会を同時開催するのは、今までと同じです。

梅丘・祖師谷合同ヘルパーミーティング

6月14日(金)18:30~ (場所:梅丘)

【研修】精神的ケア・ターミナルケア


紙ふうせんだより 4月号 (2019/05/09)

2019年(平成31年) 4月 卯月

紙ふうせんだより

さまざまな事を未来に活かすために

さまざまの事おもひ出す桜かな 松尾芭蕉
ヘルパーの皆様、いつもありがとうございます。今年は桜が長持ちしましたね。4月は心機一転、過去を振り返りながら未来を展望します。私が思い出す昔の事は失敗ばかり。今でも悔やまれるものもありますが、それで良いとも私は思っています。失敗を定期的に回想する事は、驕らないための戒めとなるからです。失敗には意味があります。今まで気が付かなかった課題(それは自分の心構えだったり態度だったり)に気が付く事ができるからです。

自分の責任を棚上げし、誰かに押し付けてはならない

2005年4月25日 9時18分、JR福知山線が脱線。運転手含め死者107名、562名負傷、史上最悪の鉄道事故となった。制限速度70キロのカーブに時速約116kmで進入、1両目が外へ転倒するように脱線し後続車両が続いた。なぜ運転手のブレーキ操作が遅れてしまったのだろう。運転士歴11ヶ月の23歳の運転手は、事故直前の伊丹駅で70メートルのオーバーラン(正しい停車位置を越えるミス)を起してしまい、車掌に無線でミスを過小に報告するように「まけてくれへんか」と頼んでいる。列車は1分半の遅延を取り戻す“回復運転”のために速度を上げていた。この時、総合指令所にオーバーランを報告する車掌の交信を運転手は、慌てふためきながら聞き耳を立てていたのではないかと言われている。カーブ手前、列車は速度を落とす事はなかった。運転手が恐れていたのは、遅延やオーバーランなどのミスを起こすと会社から罰せられる「日勤教育」だったと後に証言されている。

日勤教育とは、就業規則や経営理念の書き写しや、プラットホームの先端に立って発着する乗務員に「おつかれさまです。気をつけてください」との声掛や、草むしりやトイレ清掃などを一日中させられる懲罰的な勤務で、軟禁状態にして管理者が集団で毎日のように恫喝や罵声を浴びせ続けて自殺や鬱に追い込んだ事例もあったという。このような“教育”を行うJR西日本の企業としての態度は、数多くのトラブルの原因を過密ダイヤや目一杯の運行速度等の組織の構造的問題と捉えずに、安全への責任を現場の個人に押し付けるものだった。

この事故とその後の変革への闘いを取材した『軌道』によると、「運転士のブレーキ遅れ」「日勤教育」「ATS-Pの未設置」等は事故の原因ではなく、結果だと言う。国鉄民営化から18年間の経営手法と、それによって形成された組織の無責任体質が招いた必然的な「組織事故」という指摘だ。これは責任者や事故当事者を追及すれば済むようなものではなく、一人ひとりが意識改革すべきものだ。自分に染み付いた“無責任”を問い、各自が「安全」と向き合う必要がる。

『軌道』東洋経済新報社 松本創

トップや幹部が悪いせいでこうなったと問題を単純化するのは、会社側が運転士個人のミスに帰そうとする姿勢の裏返しに過ぎない。組織の中の個々人が自分の責任を棚上げし、誰かに押し付けて断罪する、その『切断処理』こそが、組織全体を無責任体質にしたのではなかったのか。

「組織事故」という視点で「介護事故」を検討し、自立支援でリスクを減らす
「1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在する。」この有名な「ハインリッヒの法則」は、1930年代、ハーバート・ハインリッヒが労災事故の発生確率を調査して導き出した経験則で、1件の重大事故の背景には300件のニアミス(事故に至らない問題)があり、その前触れを組織の皆が放置し続けた大きな結果として事故が起こるとういうものだ。介護に即して言えば「1つの事故、29のヒヤリハット、300のADL(IADL含む)低下のサイン」となるだろうか。例えば、「転倒事故」に見られるサインは以下のようなものだ。

これらが見られたら体力を維持向上させる取り組みや手すりや自助具の使用なども検討しなければならない。実は、これらはほとんどの利用者さんに当てはまる。利用者さんは異常をきたしているからこそ要介護の判定が出ているからだ。だから利用者さんの自立支援(ADLやIADLの向上への取り組み)をどうやって進めて行くかは、支援体制の最初から考えておくべきものなのだ。事故発生をシステムの問題として見る時、300の異常(要因)に対処しきれていないシステムの特性に問題があったと言えよう。

「前に家で転んだと言っていた」「ふすまが大きく破れていた」これらは既にヒヤリハットだ。ヒヤリハットはヘルパーさんの訪問時に起こるとは限らない。時間帯などを考えると訪問時以外の可能性が高いからこそ、目撃情報以上に利用者さんからの聞き取りが大切であり、会話の中のヒヤリハット事象を聞き逃してはならない。またヘルパーさんはヒヤリハットを目撃したら、宝くじに当たったくらいの重要事象だと理解してすぐに報告を入れなければならないが、現場のヘルパーさんに全ての責任があるのではもちろん無い。そもそも支援の方向性をサ責やケアマネが、自立支援など明確な意思を持って本人や家族やヘルパーさんと話し合っているかが問われてくる。私たち支援組織の全員は、利用者さんのADL低下に慣れっこになってはならない。異常を皆でスルーした結果としての事故と考えれば、異常に慣れ切った私たちの意識の問題があり、自立支援に有効な支援の仕組み作りの失敗があり、利用者さんときちんと向き合って来なかった私たちの態度こそが、より本質的な原因なのだ。私はここで“事故ゼロ”を声高に主張したいのではない。在宅生活とは自分らしい生活のためのリスク選択である。自立支援はその選択を支持し、リスクを減らすためにADL向上に取り組み、利用者さんが一人の時でも生活し続けられるようにしていく事が目的となる。在宅生活支援とはつまり継続的な自立支援なのだ。私たちの支援は、訪問時間だけではなく生活や人生の全体へと想像を拡げていく事によってこそ、本当に意味のあるものとなってくる。

 

利用者さんの変化に気づいたら(聞いたら)すぐ電話!!

紙面研修

失敗に学ぶ

300の異常やヒヤリハットをただ恐れてばかりでは、在宅生活に限界を感じてしまうのもまた事実だ。また、自立を促してご本人にやって貰おうと取り組んだことが、結果的に「できない」「やっぱり無理」という本人に対してのダメ出しになってしまい、本人が意欲を失ってしまうのも避けたい。また、「事故を起こさない事」のみが正しくて、一切の事故が許されないのであれば、「もう在宅生活はやめて施設に入ってもらおう」という事になりかねない。これでは在宅介護を推進する意味が無い。「角を矯めて牛を殺す」になってしまう。

【角を矯めて牛を殺す】  曲がった牛の角をまっすぐにするために叩いたり引っぱったりすると、牛は弱って死んでしまうことから、わずかな欠点を直そうとして、かえって全体をだめにしてしまうことをいう。「矯める」とは、矯正する。曲がったものをまっすぐにするという意味。

全ての「失敗」を排除しようとするのではなて、失敗からも学ぶ事ができるという事を理解しておこう。失敗があったからと言って落ち込む必要は無い。英語のことわざには「一度も失敗を経験したことのない者は成功できない」というものがある。発明王トーマス・エジソンは「私は失敗したことがない。ただ、1万通りの、うまく行かない方法を見つけただけだ。」と言っている。失敗学では「失敗」を以下の3つに分類している。
1.織り込み済みの失敗。ある程度の損害やデメリットは承知の上での失敗。

2.結果としての失敗。果敢なトライアルの結果としての失敗。

3.回避可能であった失敗。ヒューマンエラーでの失敗。
  1. と2. の失敗は、「失敗は成功の元」となり得る失敗である。また、この2つの失敗については、状況・結果などがある程度予測できたり、経験からくる的確な判断で対処したりすることができる。3.の失敗は、失敗からさらなる悪循環が生まれる失敗である。予想しておけば回避可能であったにも関わらず、予想をしていなかったためにパニックに陥り、ますます、状況を悪くしてしまう。
 1や2の失敗を“成功の元”にしていく為にはどんな連携が必要だろう。

3の失敗はどうやったら未然に防げるだろうか。
外部研修のご案内 (主催:世田谷区福祉人材育成・研修センター)
以下の研修は、登録ヘルパー対象で登録ヘルパーさんに世田谷区から助成金が支給される研修です。

研修1時間につき1,000円が支給されます。事前に区内の事業所からの申し込みと登録が必要です。

ご希望のある方は、お申し出下さい。(紙ふうせんからも数名の参加実績があります)
介護職員研修【新任】基礎的な内容です(4,000円助成)6月14日(金)13:00~17:00 成城6-3-101F研修センター
信頼関係を築くための接遇・マナー研修(2,000円助成)10月30日(水)15:00~17:00成城6-3-101F研修センター
障害福祉の理解研修

(仮)「当事者とその家族から学ぶ高次脳機能障害者への支援」調整中
(仮)「性的マイノリティの理解研修」調整中
上記以外でも社員向け(とは言え、登録ヘルパーさんの参加を拒むものではありません)のさまざまな研修があります。詳しい研修内容等はHPで確認下さい。

世田谷区社会福祉事業団 世田谷区福祉人材育成・研修センター https://www.setagaya-jinzai.jp/
~ヘルパーミーティングのお知らせ~

月一回定例のヘルパーミーティングは、偶数月を梅丘と祖師谷の合同で全体のミーティングとして行い、奇数月は梅丘・祖師谷別に開催します。

(内容)利用者さんの状況等・支援計画の変更の必要性の有無 今月の議題・伝達事項

★ミーティングと研修会を同時開催するのは、今までと同じです。

会議参加手当(ミーティング)は1回につき1370円です。

梅丘ヘルパーミーティング

5月14日(火)18:30~ 

【研修】緊急時の対応 (本郷)

祖師谷ヘルパーミーティング

5月24日(金)18:10~

【研修】自立支援のアイデア (佐々木)

全てのヘルパーさん対象です!! 健康診断を受診して下さい。

受診結果と領収書をお持ち下さい。特定検診の費用(オプションを除く)をお支払いします。


紙ふうせんだより 3月号 (2019/04/22)

2019年(平成31年) 3月 弥生号

紙ふうせんだより

3月の記憶

ヘルパーの皆様、いつもありがとうございます。桜の開花に身心も軽くなりますね。自分も利用者さんも、何か新しい事に挑戦するにはもってこいの季節です。普段、家に引きこもっている利用者さんに、歩行力やADLの低下の心配から「リハビリしましょう!」とストレートに言っても、諦めかけている方はなかなか「うん」と言わないもの。でも、「桜を見に行きましょう」と楽しめる目的をみつければ、乗り気になるかもしれません。桜を楽しんだら「気持ちよかったですね、またでかけましょうね。」と約束して、出かける度に少しずつ歩く距離を伸ばしたら、身も心も少しずつ元気になります。ところで3月と言えば何でしょう。

東京大空襲

74年前の3月10日、天を真っ赤に焦がす明るく熱い異様な夜空を見たという方も多いでしょう。当時、足立区の鹿浜に住んでいた利用者さんは、「焼夷弾をぼんぼん落とすんだからみんな燃えちゃって浅草の観音様は残ったけど、観音様まで何にも無くなって家から見えたんだよ。上の子は山梨に疎開していたけど、下の妹を抱いてサ(※1)イレンが鳴る度に防空壕に出たり入ったりしてたんだよ。田舎だったけど、どこの家が爆(※2)弾が落ちてふっとんだ、誰それが亡くなったって言ってねぇ。爆弾が落ちると地震のように揺れるんだよ。戦争はもうやめて欲しいって思ったけど、そんな事を言ったら大変だからねぇ。」とおっしゃっていました。

9日22時30分、警戒警報のサイレンが鳴る。寝ている子供を叩き起こして防空壕に避難するが、しばらくして警戒解除のサイレン。翌午前0時7分、サイレンは沈黙したまま深川・本所・浅草・日本橋を皮切りに空襲が始まった。1機あたり1520発の焼(※3)夷弾を搭載した325機の大編隊は、日本一の住(※4)宅密集地に容赦なく焼夷弾の雨を降らせた。空襲警報が鳴った0時15分には、火炎旋風(炎の竜巻)が秒速100mであらゆるものを呑み込み始めていた。通りは“火の粉の川”となり、火炎は高度600メートルまで吹き上がった

「雨のように降る焼夷弾が炸裂し、不気味なB29の爆音が、その飛行する姿とともに身に迫り、赤々と天を焦がすさまは、何かこの世の最後のような、宇宙が終わりを告げるような、名状しがたい天と地の緊迫感が、ゴオーと鳴ってくるような押し流されてくるような異様な気配でした。

やがて、ざわめきの中で近隣の人びとが家を離れ避難するようになりました。吹く風は冬(※寒波によって防火水槽に氷が張る寒さだった)だと言うのに生暖かく、それが熱風と変わり強さを増してきました。ひょっと裏の路地を見たら、いつのまにか、すぐそこまで火災という差し迫っている状態に驚き、父は私たちを誘導し、人々と反対に風上に向かって、川っぷちに逃げ出そうとしました。するとどうでしょう。目の前は火の壁なのです。そして、今でも忘れようにも脳裏に鮮明に焼き付いて離れない恐ろしい事態を見ました。その火の海、火の渦の中に、人間が巻き込まれて宙をぐるっと回っているのです。火の車輪の中にはまって、人が輪っかになって燃え上がっているのです。

火勢がきっとつむじ風になるのでしょうか。私はこの光景を12か13歳の目で見て、大きな衝撃でした。私たち人間の身体が一片の紙くずのように火に燃えてしまうなんて!!

下町全部が火葬場のお釜の中と同じだったのです。」     『東京大空襲・戦災誌第一巻』
※1警戒警報3分鳴動/1回、 空襲警報4秒鳴動8秒休止/5回、警報解除1分鳴動/1回 ※2鹿浜は4/13-14に城北大空襲にあっている ※3  M69集束焼弾の子弾で ※4戦時国際法違反であるが“内職をしているので民家は軍需工場”という詭弁で作戦を立案。指揮官カーチス・ルメイは戦後、佐藤内閣時に勲一等旭日大綬章を贈られている。

命の軽視の結果としての“破局”

41全てを焼き尽くした大空襲は、一夜にして死者10万人以上、消火しようとして逃げ遅れた方も多い。空襲時の初期消火は防空法で国民の義務とされ、“爆弾が落ちたら待避所から飛び出して消火活動をせよ”“自分の家が燃えているのに爆弾を怖れて待避所に逃げているなど、言語道断だ”と言われていた。翌日の各紙の朝(※5)刊は「五十機に損害 十五機を撃墜」と大本営発表の“戦果”のみで、100万人を超える罹災者という未曽有の被害には沈黙した。

3月14日の貴族院議会で大河内議員は、「(政府は)『疎開する者は非国民だ』とまで言いだした。ぐずぐずしているうちに、昨日の被害、死傷者が出た。(略)大都会が焦土化するのは時間の問題だと思います。次は東京が全部やられるかも知れない。その場合に、人を助けるか物を助けるか、どっちを助けるかを伺いたい。(略)内務大臣から隣組長などに、『火は消さなくてもよいから逃げろ』と言っていただきたい。」と質問している。対して内務大臣の政府答弁は、「焼夷弾に対して市民が果敢に健闘いたしております」「初めから逃げてしまうということは、これはどうかと思うのであります」と、他人事のような態度に終始した。

さらに政府は、米軍による“空(※6)襲警告ビラ”を無届に所持した者は懲役2ヶ月と決定し、敵の宣伝を流布してはならないと命令した。国民の命を軽視したままツケは国民に押し付け、大空襲は全(※7)国へと拡大しついに広島・長崎の破局を迎えることになる。

惰性で過ごすのか、充実して生きるのか 

政府は思考停止に陥っていた。国民が知るべき情報を改竄・隠蔽して国民の目と耳を奪い、死傷者をむやみに増やしてしまった。合理的に考えれば、国民の命をできる限り守り、助かった人材を活用する方が戦力維持にもなったはずだ。ひとたび政策決定されるとそれに従う事のみを“最善”とする態度は、“責任を取らなくて良い”“自分の頭で考えなくて良い”という気軽さはあるが、国民にとっては“最低”である。一体誰にとっての最善なのか、統治機構の中の「指示する側」は批判を免れ「従う側」は長いものに巻かれて、お互いの“支配者”の地位を保全しあう無責任体質が“政府の強み”となっている状況は、惰性でゴマカシを積み重ね、破局に至るまで軌道修正ができないので真に恐ろしい。

先の構図の「国民」を「利用者」に置き換えて介護について考えてみよう。“指示する側→従う側→利用者”の力関係が一方通行である限り、結局は利用者軽視となってしまう。そのような支援構造の歪みの結果として、利用者さんの“ADLの低下の見過ごし・転倒・入院”という破局に至る。「破局なんて大げさで、やがて誰でもADLは低下し死を迎えるんだから結果は同じ」という声もあるだろう。しかし大切なのは結果(死)ではなく、それまでの過程(生)だ。自分を軽視し軽視され早く死にたいと思いながら惰性で過ごすのか、自分が尊重され自分を再発見しながら充実して生きるのか、その違いは大きい。本当に“最善”を目指すなら、支援者自身が自身の態度について、自分の頭で考え、その考えに責任を持つ必要がある。「利用者さんに寄り添う」という言葉の意味を、もう一度よく考えてみたいと思う。

※5写真は読売報知新聞(一面の2番手の記事) ※6東京には2/7散布 ※7世田谷への空襲は散発的なもの含め12/20、12/27、2/19、2/16、3/10、4/4、4/7、4/15-16(城南京浜大空襲)、4/19、5/24、5/25(山の手大空襲)、6/11

緊急時の対応について《2》

【正常性バイアス】 自分にとって都合の悪い情報を無視したり過小評価したりしてしまう、人の持つ特性のこと。

《社会心理学・災害心理学の考え方として》

自然災害や火事、事故、事件などといった自分にとって何らかの被害が予想される状況下にあっても、それを正常な日常生活の延長上の出来事として捉えてしまい、都合の悪い情報を無視したり、「自分は大丈夫」「今回は大丈夫」「まだ大丈夫」などと過小評価するなどして、回避行動の遅れの原因となる。

古い考え方では、緊急時に人は容易に“パニック”陥ると考えられてきたが、パニックが起こるのは実際は希である事が分かっている。むしろ危機に直面した人々は、ただちに回避行動を取ろうとしない場合が多く、原因に「正常性バイアス」が指摘されている。

東日本大震災

津波避難では「警報が出ているのを知りながら避難しない」人たちがいた。地震発生直後のビッグデータによる人々の動線解析で、ある地域では地震直後にはほとんど動きがなく、多くの人々が実際に津波を目撃してから初めて避難行動に移り、結果、避難に遅れが生じたことが解っている。正常性バイアスによる根拠のない楽観的思考が対応を遅らせたと考えられる。

2014年の御嶽山噴火

死亡者の多くが噴火後も火口付近にとどまり噴火の様子を写真撮影していたことがわかっており、携帯電話を手に持ったままの遺体や、噴火から4分後に撮影した記録が残るカメラもあった。彼らが正常性バイアスの影響下にあり、「自分は大丈夫」と思っていた可能性が指摘されている。

ポイント

緊急時にもかかわらず、日常の延長のように行動してしまい、緊急対応ができなくなってしまう。

緊急時に緊急対応行動を起こせるようになるには、自分にも「正常性バイアス」が働く事を自覚する

~ヘルパーミーティングについて~

来年度より月一回定例のヘルパーミーティングは、偶数月を梅丘と祖師谷の合同で全体のミーティングとして行い、奇数月は梅丘・祖師谷別に開催します。

★ミーティングと研修会を同時開催するのは、今までと同じです。

(GW対応) 4月は実施記録の早めの提出をお願いします!

月末まで溜めないようにご協力お願いします。 (祝日は、時給1.25倍です)

【2019年4月より、年5日以上の年次有給休暇の取得が義務化されます】

 

《対象者》 年10日以上の年次有給休暇が付与される労働者(管理者含む)に対して。

《義務》 年次有給休暇を付与する日から1年以内に5日以上の有給を取得させなければならない。

《ただし》 労働者が自ら申請して取得した年次有給休暇日数も、5日に含めることができる。

《有給取得が5日未満の場合》 有給取得の時季を(相談しながら)指定して取得させなければならない。

※使用者は労働者ごとに年次有給休暇管理簿を作成し3年間保存することが義務付けられました。

使用者と労働者があらかじめ話し合い、勤務表に計画的に有休取得日を入れる「計画年休制度」という法もあります。(年休有給休暇の申請書は事業所にありますのでお声掛け下さい。)

~~ヘルパーミーティングのお知らせ~~

【日時】 2019年 4月17日 水曜日 18:30~

梅丘の事務所内にて(祖師谷・梅丘含む訪問介護全体のMTGです)

★担当利用者さんの状況等・支援計画の変更の必要性の有無 ★今月の議題・伝達事項

会議参加手当(ミーティング)は1回につき1370円です。

【研修会】 テーマ 信頼とコミュニケーション (斉藤)

(関連項目:接遇等)


紙ふうせんだより 2月号 (2019/03/05)

2019年(平成31年) 2月 如月号

終わらないもの 終わってはならないもの

ヘルパーの皆様、いつもありがとうございます。幸いにも今年は大雪には見舞われていません。寒さが和らぐのもあと少しの辛抱です。身体にはお気をつけください。

台湾で長年タブーとされてきた2月28日の出来事、「228事件」

大日本帝国敗戦後“光復”に沸く台湾は、工場も鉄道も滞りなく治める者も治められる者もいない平等な社会となり、誰もが台湾の未来に希望を抱いていました。しかし、10月に中国本土から“戦勝国”として台湾統治にやってきた蒋介石の国民党政府は、結局のところ台湾人(本省人)にとって外国人(外省人)だったのです。外国の軍隊が侵略的性質を帯びるのは歴史の常で、国民党軍による強姦や強盗が横行し治安は悪化、明治製糖の下で農園経営(小作人4000人)する利用者さんのお父さんはこの時暗殺されます。

1947年2月27日、当局は台北市で闇煙草を販売していた女性を摘発し殴打、その騒ぎに集まった群衆に発砲し市民の一人を射殺。翌2月28日、抗議デモに警備兵が機銃掃射、戒厳令(1987年まで続く事になる)が敷かれます。デモは外省人支配への反抗運動となって台湾ラジオを占拠、街頭ラジオは「台湾人よ立ち上がれ!」と外省人にわからないよう日本語で呼びかけ、嘉儀農林高校では学生が蜂起、利用者さんは農薬散布用の長いノズルを軍刀の代用として指揮を執ったそうです。農具で武装した学生隊は、利用者さんの運転するトラックの荷台に乗って武器庫を襲撃、銃器を確保すると続いて空港の制圧に向かう。多くの市民と学生が射殺されたが国民党軍は全面衝突を避けて逃げ出し、蜂起は旧日本軍の残党も加わり瞬く間に全島に拡大します。再び台湾が台湾人の手に戻ったのも束の間、蒋介石は「暴動は共産党の扇動によるもの」との虚偽の発表を行い、3月11日には中国から続々と国民党軍が上陸し、虐殺と恐怖政治が始まった。利用者さんは弾圧を逃れ、1949年漁船で与那国島を経由して四国に渡り日本に亡命。神田のYMCAを頼ってその後も独立運動を続けたそうです。(冷戦の下での反国民党は、親共産党とみなされてなかなか理解されなかったようです。)

戦前この方は日本国籍の台湾人でしたが、1952年の日華平和条約により日本国籍を喪失し“在日外国人”となり、その後帰化しています。亡くなる数日前、私は「祖国として思い浮かべるのはどこですか?」と尋ねてみました。答えは「台湾民主国」でした。台湾民主国とは、1895年5月に台湾民主国独立宣言が発表されてから10月下旬に台湾全土を日本が軍事占領(台湾平定)するまでの半年に満たない幻の独立国の名称です。「どんな国を夢見ていましたか?」と聞くと「台湾人・高砂族(台湾先住民)・日本人の皆が平等で、平和で自由な国」とおっしゃっていました。一般に1945年8月15日以降は“戦後”と呼ばれていますが、祖国を失い続け、その後も戦い続けたこの方に“戦後”はあったのでしょうか。

訪れない“戦後”

1944年3月、日本陸軍は援蒋ルートを断つべくビルマからインパール攻略に出撃。補給が無いままに、3個師団9万人が大河川を渡渉し密林や2000m級の山岳地帯を470㎞踏破する「太平洋戦争で最も愚劣な作戦」だった。栄養失調の軍隊はインパールにたどり着けず、餓死やマラリアやデング熱や赤痢から生き残った1万2000人の撤退路は「白骨街道」と呼ばれた。インパール作戦を含めビルマで命を落とした日本軍将兵は16万。敗戦後もこの地に留まり、戦死者の遺骨を拾い集め慰霊に身を捧げようとする水島上等兵の創作物語「ビルマの竪琴」は有名ですが、1985年の映画化では、もう亡くなられましたが紙ふうせんの利用者さんが美術監督を務めていました。インパール作戦の生存者の「まだ、あの地に残っている仲間がいる」という証言に、“戦争”が終わらないという事実に気づかされます。

戦争体験者が高齢になった今、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症し、不眠や悪夢に苦しむといった症例が増えているのだそうです。戦場の残虐な光景、加害の体験、沖縄戦やシベリア抑留など、壮絶な体験は人知れず心の奥底にしまい込む方がほとんどでしょう。高度経済成長やバブルに日本が物質的豊かさをいくら謳歌しても、平和の中に戦争を忘れていくという事はできないのです。

終わってはならない“戦後”

1945年4月1日、沖縄本島中部西岸に米軍は易々と上陸した。米軍を沖縄に上陸させて釘付けにして本土決戦への時間稼ぎとする作戦だった。「沖縄島に尺寸の土地が残る限り一兵まで戦え」と大本営は命じ、沖縄の60万の島民は軍隊と共に戦う事を強いられた。沖縄が本土防衛の“捨て石”となった凄惨な地上戦で9万4000人の島民が死亡、看護婦として動員された「ひめゆり学徒隊」の女学生も軍隊と行動を共にして自決を迫られた。1952年、日本は米軍支配下に沖縄を置き去りにしたまま独立。1972年に沖縄が日本に返還された後も、日本政府は米軍基地で要塞化した沖縄を本土防衛の“不沈空母”とする政策を取った。今も新たな基地が作られようとしている沖縄の本当の“戦後”とは何だろう。

沖縄に背を向け続ける日本政府の差別的態度とは反対に、明仁皇太子は「石ぐらい投げられてもいい。そうしたことに恐れず、県民の中に入っていきたい」と、1975年に沖縄を訪問。「(沖縄の)払われた多くの尊い犠牲は、一時の行為や言葉によってあがなえるものではなく、人々が長い年月をかけてこれを記憶し、一人一人、深い内省の中にあって、この地に心を寄せ続けていくことをおいて考えられません」と、“戦後”への決意を述べられた。そして即位した後も何度も沖縄に訪問し心を寄せられている。昨年末85歳を迎えられ「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵しています」と述べられた。

もし“戦後” の意味を、日本が国権の発動としての戦争を行わなかった「時代」として限定的に考えるならば、「平成」は明治以降初めて始終一貫した“戦後”時代となる。この意味での“戦後”は、絶対に終わってはならない。そして平成も次の時代も、未来において“戦前”とならない事を願う。それが戦争を体験された方々のまっすぐな気持ちだと思う。

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サービス実施記録を再確認!(記入漏れが多いです)

利用者印・利用者名・ヘルパー名・サービス内容 身体?生活?
緊急時の対応について《1》
【ケース1】 利用者さんが、顔色が悪かったので体調を伺うと「大丈夫、大丈夫、休めば治るよ。」と言っていたので、特に事業所には連絡しなかった…
 (ヘルパーさんの対応)この対応は△です。×の対応は顔色が悪いなと思ったけど、体調を伺う事をしなかった。〇の対応は、サービス終了後にすぐに事業所に電話する。

(サ責の対応)ヘルパーさんから、「利用者さんが、顔色が悪かったので『大丈夫ですか?』って聞いたら『大丈夫、大丈夫』と言っていたので、大丈夫だと思いますが一応連絡まで」との連絡を受けたけど、大丈夫らしいので一応記録に書いておいた。→この対応は×です。〇の対応は、ヘルパーさんに質問をして、「いつからなのか、どうしてなったのか、時々なるのか、目まいふらつき、気持ち悪いかなどは無いか」等、様子を具体的に聞き込んだ上で、既往歴から考えて危険な兆候はないか検討する。検討した内容を含めケアマネに報告。必要があれば、訪看やかかりつけ医や前回訪問のヘルパーさんに電話して意見を頂く。翌日以降のヘルパーさんに連絡して様子を見るように伝える。◎の対応はすぐに様子を見に行く。(いつもできるとは限らないので代替案を検討する。)
【ケース2】 利用者さんが室内で転倒していた。力が急に入らなくなったらしい。どこかを打った様子は無く意識もしっかりしているので、とりあえずトイレに行けずに汚してしまっていたので、着替えさせてベットに誘導して、サービスが終わってから事業所に連絡した。
 【ケース2】 利用者さんが室内で転倒していた。力が急に入らなくなったらしい。どこかを打った様子は無く意識もしっかりしているので、とりあえずトイレに行けずに汚してしまっていたので、着替えさせてベッドに誘導して、サービスが終わってから事業所に連絡した。


(ヘルパーさんの対応)この対応は△です。×の対応は事業所への連絡がもっと遅くなった場合。〇の対応は、利用者さんの安楽の姿勢を取ったあと、その場ですぐに事業所に電話をして倒れていた旨を伝え、救急車を呼ぶべきかどうかを相談する。

(サ責の対応)ヘルパーさんから連絡を受けたが、介助されながらベットに移動するなどの動作はできたようで意識もしっかりしている事から、一応今日のところは大丈夫なようなので、後日様子を見に行く予定を組んでサービス内容が変更になった事をケアマネに報告した。この対応は×です。〇の対応は、電話を受けた時点からあらゆる手段を講じて、救急搬送が必要かどうかの情報収集をする。様子を見て大丈夫だという確信が得られない場合は、家族にすぐに病院に連れて行くように約束をするか、救急車を呼ぶ。本人に電話を替わって貰って、「救急車に乗って病院にいきませんか? 大丈夫だと思ってもそれは、そう思いたいだけで、倒れてしまったんだから大丈夫なわけないです。力が入らなくなってしまった原因はわからないんだから、病院で検査して貰った方がよいですよ。それで問題が無かったら無かったで良いじゃないですか。様子見ている間に症状が悪化してしまう危険もあるし、どのみち調べた方が良いんですからすぐに行きませんか?」と話す。

★考えるヒント★下線のところに、用心しなければならない“いつものように物事を運びたい心理”が隠れています。それを『正常性バイアス』と言います。(次号へ続く)
~~ヘルパーミーティングのお知らせ~~

【日時】 2019年 3月29日 金曜日 18:30~

梅丘の事務所内にて(祖師谷・梅丘含む訪問介護全体のMTGです)

★担当利用者さんの状況等・支援計画の変更の必要性の有無 ★今月の議題・伝達事項

会議参加手当(ミーティング)は1回につき1370円です。
【研修会】 テーマ 高齢期になっても元気に生きる (荻野)

(関連項目:フレイル、要介護に至る前の状態、介護予防体操、身体介護)
衛生備品配布しています!

私たちの身の回りには目には見えないウイルスや細菌が潜んでいます。感染症等の拡大予防のためにうがい・手洗い・手袋の使用、手指の消毒等を行い感染症から身を守りましょう!

事業所に使い捨て手袋、アルコールを常時保管し、必要なヘルパーさんに提供しています。気軽にお声かけください。
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