【紙ふうせんブログ】

平成25年

平成25年12月 紙ふうせんだより (2013/12/26)

皆様、いつも有難うございます!今年1年間、本当に有難うございました。皆様が、変わらぬ笑顔で訪問する事が、どれほど多くの方の励みとなっている事でしょう。1週間ごとのヘルパーさんの来訪を心待ちし、気が付けば1年が過ぎ、新年を迎えられるようになった…「また来年も来てね」との言葉には、積み重ねた時の重みが詰まっています。

 

新年を迎えるという事を、90年生きた人生の「90分の1」と捉えれば、大した事無いという受け止め方になります。しかし自分があと何年生きて「その何年か分の1」と捉えると、とても貴重な事です。「最後の正月かもしれないわね…」との言葉に、つい「そんな事ないですよ~お元気じゃないですか!」と答えてしまいがちですが、本人からしてみれば、現在の一つ一つの出来事の重みを噛みしめての言葉かもしれません。

 

 『一期一会』という千利休を源とする言葉は、「あなたとこうして出会っているこの時間は、二度と巡っては来ないたった一度きりのものです。だから、この一瞬を大切に思い、今出来る最高のおもてなしをしましょう」との意味です。このような精神性は、日本人に根強いものです。それは同時に、死に対する覚悟を伴います。鎌倉末期の随筆『徒然草』には、「我等が生死の到来、ただ今にもやあらん」とありますし、作家・宮本輝は「いつでも死んでみせるという覚悟を持って、うんと長生きをするのだ」と『命の器』で述べています。

 

新年とは、冬が終わり新しい春が訪れるという事です。また、暦が新しくなるという事でもあります。暦の始まりは、ナイル川の氾濫の周期性に気が付いた古代エジプトと言われていますが、以来暦は、未来を予見できるものとして考えられ、占星術や易などに深い影響を与えます。暦が新しくなる事は、運も新しくなると信じられてきました。そこには“死と再生”という象徴的な意味が込められています。お正月を祝うという事は、いわば“古い自分が死んで新しい自分が蘇る”事を、促す儀式とも言えます。

 

私達は、あとどれくらいの正月を迎える事が出来るでしょうか。今、まさに死ぬかもしれないと覚悟して、この一瞬一瞬を充実させていく事が、“生”を輝かせていく生き方となります。生と死は、その根源において一体不二のものなのです。もし、「心残りの死」というものがあるとすれば、自身の予期せぬ死に直面した時、それは、事故や災害などあらゆるところに潜んでいるのですが、心に何の準備も無かった悔しさではないでしょうか。

 

私達は、介護過程を通じて、利用者様の「死」への心の準備に立ち会います。私達も、「死」への覚悟を持ちつつ、今このサービスの一瞬に、笑顔で心地よく過ごして頂く事に、最大限、心を砕いていきたいと思います。

 

皆様、風邪などひかれぬようご自愛下さい。来年は、生まれ変わったような、脱皮したようなつもりで、またお会いしましょう。良いお年を!


平成25年11月 紙ふうせんだより (2013/12/26)

皆様、いつも有難うございます!これから年末に向けて、「ちょっとこれ…」と頼まれる事もあるかと思います。私は、①本人が一人でやるには難しい事 ②お願いできる家族がいない事 ③本人の依存心は強くなく、一度許すと何でもかんでも依頼してくる性格ではない事 ④時間内で終わり簡単にすむ事、等を確認し「本当は微妙なんです」と念を押しながら、“年末の日常生活の一環”として対応しています。お互いにすっきりと新年を迎えたいですね。

 

ご本人のできる事、可能な動作や体力を見極め、できるところはなるべくご自分で行って頂けるように促していく“自立支援”は介護の基本理念です。「依頼されたから」と何もかもプランに盛り込むのも、自立や回復を阻害する場合もあります。“促し”は時に根気が要りますが、日常生活での行動量が増えれば、日常生活がそのままリハビリになります。

 

「リハビリのためにも、自分でいろいろやりましょう」と働きかけをしても、「なかなかやってくれない」との声も聞こえてきます。リハビリの前提には、“意欲”が必用なのです。では、どうやって意欲は高まるのでしょうか。または、失われるのでしょうか。

 

介護者の都合で、さまざまな事をご本人に“禁止”しておきながら、「リハビリは自分のためだからやりなさい」と言うのは、不当な要求だと言われても仕方がありません。もっとも、「不当だ!」と声を上げる方はごく少数です。少数であるところに、実は問題があるのです。

 

「もう年だから仕方がない」とか、「子供に面倒みてもらっているんだから仕方がない」など、多くの方が言われます。確かに、それも一面の真実で、否定はできません。そのような方の状況をつぶさに見ていくと、身体能力や周辺環境からさまざまな制約が生じ、“自分らしさ”をあきらめようとして、自分自身に言い聞かせている言葉のように聞こえてくる事があります。周囲から言い聞かされている場合もあるでしょう。

 

そのような時は、その方の“社会的接点”は、どのようなものがあるのか、考えてみる事も大切です。社会的接点とは、自分の心の中だけの考えや、家族と自分だけの関係から離れて、“他人の眼”に触れる事です。自分らしさは、他者が介在して発見可能となるのです。他人の眼で自分を見つめ直してみると、「まだ自分には、こんな事ができる」「あんな人もいるのだから、自分はこんな事をしよう」など、視野が拡がってきます。訪問介護のヘルパーや、デイサービスなどが、社会的接点になる事は言うまでもありません。

 

「おいぼれた自分を他人の眼にさらしたくない」という方もいます。どうか心を開いて頂きたいと願っていますが、その為には、周囲も心を開いて見守る必要があります。アマノジャクな態度は、根底のところを肯定して欲しいという気持ちの表れなのかもしれません。

 

「おいぼれたっていいじゃないか、あなたはあなた。それは変わらない」

 

老いの受容とは、あきらめを受け入れる事ではなく、老いた自分の“肯定”なのです。


平成25年10月 紙ふうせんだより (2013/12/26)

赤や黄色の色さまざまに木々が錦に染まる秋は、人生における晩年に例えられます。

 

やがて葉が一枚一枚と散っていきます。自然も人間も大きく変わる時です。

 

腰が痛くなった。長く歩けなくなった。物忘れが多くなった…。少しずつ身体機能は低下していきます。しかし、それらを“喪失”ととらえるのは早計です。木々の紅葉は、葉にある栄養を根に送って身軽になるための冬支度です。枝に葉が残れば雪の重みで枝も折れてしまいます。そして根に栄養を蓄え、木は冬を越すのです。

 

一枚一枚葉を落とす事は、自分の“執着”や“こだわり”から離れ、無駄をそぎ落とし、精神的に純化されていく過程でもあります。自分にとってかつては大切だったものが思い出として遠のいて行き、本当に大切なものだけが残っていきます。根は地上からは目に見えません。しかし確実に蓄えられていくものがあります。それは、目に見えるものや社会的なモノサシから離れ、感性が研ぎ澄まさていくなかで得られていく心の豊かさです。

 

認知症がある方は、自分の気持ちを上手に伝える事が出来ずに、周囲からは何も解らなくなった人のように思われる事がありますが、決してそんな事はありません。防御の無いむき出しとなった感性が鋭敏になって、周囲と衝突する事もありますが、鋭敏な心ゆえに、優しい意味の言葉とは裏腹の苛立ちや、冷たい眼をしっかりと感じているのです。

 

もう子供の顔も解らなくなってしまい、時々不安な表情を浮かべているある方が、介助者と散歩をしていました。目の前を風が通り過ぎていくと、赤い葉がひらひらと落ちてきます。その光景に、にっこりと穏やかな表情を浮かべたその方は「持って帰って子供にあげるの…」と言って葉を拾い、大事そうにしまっていました。

 

心は目に見えません。簡単に評価する事はできません。だからと言って、心を粗末に扱うと、結果として自分に帰ってきます。目に見える物や社会的評価ばかりを追い求めて来た方にとっては、自分の大切なものが自分からどんどん離れていった結果として、秋は喪失の痛みだけであり、自分には何も残らなかったという残酷な冬の訪れとなる事もあります。

 

夫婦共に百歳になろうかという老夫婦宅を訪問すると、ご主人は同じ話を初めてのように語ります。「雪の降っている中、手をつないで橋を渡ったんだ…」それは結婚の申し込みをしに行った、若き日の思い出です。そして「死ぬときは一緒に死のうと約束しているんだ」といつも話をしていました。ご夫婦は家族の都合で離ればなれに施設入所となってしまい、高齢に環境の変化は耐え難かったようで、間もなくお亡くなりになってしまいました。離れた場所で、同じ日に。

 

冬、木は枯れるのではなく来春に備えて準備をしています。春の到来を待ちわびるような、春の再会を確かに予感できる、そんな冬の訪れもあるのです。


平成25年9月 紙ふうせんだより (2013/12/26)

NHK連続テレビ小説「あまちゃん」がついに最終回です。毎朝の放映を楽しみにしていたヘルパーさんやご利用者さんも多かったと思います。近年これほど人気沸騰した朝ドラはなく、インターネット上でも“あま絵”と呼ばれるイラストをファンが描いて公開するなど、社会現象になりました。なかでもクールというかモッサリというかあまり感情を表に出さない水口琢磨(松田龍平)が天野アキ(能年玲奈)の事にはムキになる様子に、恋心を刺激された女子が“ミズタク萌え”で盛り上がるなどしていました。「あまちゃん」の面白さは、登場人物の表の性格だけではなく、隠された裏面をきちんと描いている事ではないでしょうか。

 

主人公のアキちゃんは、言いたい事をいってもあまり裏がなく、個性的なキャラとして周囲から愛されます。しかし実は東京に住んでいた時は、ネクラで存在感のない平凡な子だったことを、自分でも認識しています。そのアキちゃんが北三陸に来て自分のやりたいこと“海さ潜りてぇ”を見つけてから、輝き始めます。その輝きに触発されて、学園一の美少女でお嬢様のユイちゃんも「東京でアイドルになりた~い」と叫んで二人は親友になります。何もない田舎では大人達が観光客誘致などの思惑をくすぶらせています。そこに、何十年ぶりの十代の海女さんが誕生し、ユイちゃんはミス北鉄となり、この二人を抱き合わせてのイベントを大人達は計画します。すると自信満々だったユイちゃんが臆病になってしまいます。

 

東京で平凡だった子が田舎で輝いてアイドルになったり、学園一の美少女がグレてみたり、静かな人が情熱を燃やし、家庭に君臨する高圧的な父が優しくなり、良き妻良き母を自認していた人が空虚さを感じ失踪したり…。そして結局は元の鞘に収まるのですが、その過程で登場人物の立場が逆転するなどを繰り返しつつ、それぞれが自分の生きて来られなかった一面を経験し、180度ならぬ360度の変化をして、一回り大きく成長していきます。

 

対象的なアキちゃんとユイちゃんですが、アキの母の春子(小泉今日子)と元アイドルの大女優・鈴鹿ひろ美(薬師丸ひろ子)も対照的でした。鈴鹿ひろ美は実は音痴で、その“影武者”として歌の吹き替えを担ったのが春子さんでした。鈴鹿さんが春子さんに、「歌手になれなかったあなたが結婚して子供を産んで、私のできなかったさまざまな経験をしている。私は女優一筋で、それ以外は何もして来られなかった」という趣旨の発言をした場面は印象的でした。春子さんは結果的には芸能プロダクションの社長となり、鈴鹿さんはそこの所属女優になるなど、スポットライトで照らされなかった影の存在だった人が表舞台に立っていくような、光と影が混ざり合い融合していく結末は、人生の意味深さを感じるものでした。そういえばアキちゃんも、アイドルグループ・アメ横女学園のセンターの“シャドー”を担当している時期がありましたね。

 

分析心理学では、自分自身が“自分”として自覚している以外の、自分自身が持つ可能性を“影”(シャドー)と呼んでいます。自覚している自分(自我)を表とするならば、影は、表の自分にとっては、表と対立する否定的なものとして現れてきます。例えば、普段は感情を抑制すべきと考え折り目正しくしている人が、何かをきっかけに感情を爆発させるような事があれば、その爆発は“影”が現れたとも言えます。その“影”を恐れ抑え込む努力をしたとすれば、人格は偏った平板な融通の利かないものになりかねません。むしろ、表の自分自身が持つ価値観の幅を拡ようと努力し、感情の爆発には意味や価値があると捉え、出現した“影”の自分自身を受け入れていくようにしていった時に、真の「自己」の全体性が高められていきます。「あまちゃん」の人々は各々が自身の影を経験し、時に自分の影を象徴するような人と出会って対立しながらも和解し、自身の影を表の自分と統合していったと考えられます。そこに、ドラマの起伏が生まれ奥深い味わいが生まれたのです。

 

さて、訪問介護では、利用者さんとヘルパーさんが上手くいかない事もあります。そして「相性」の問題として、仕方がないというような終わり方をする時があります。これは「相性」との一言で片づけてしまうには惜しい事だと思います。お互いの感情が逆撫でされる時、相手が自分にとっての影を象徴するような意味を持っている時があります。影は“表”にとっては受け入れがたいものですが、自我の影の側面を意識し自己の全体性の中に受け入れていく事で人格が円熟していくのですから、そのきっかけを、相手が提供してくれていると思えば、それは素敵な出会になるのです。器用に世間を渡り高学歴で高収入だった利用者さんに、真逆のヘルパーが入るというケースもあります。この出会いも、掘り下げれば双方にとって深い意義があると考えられます。

 

また、高圧的で子供を押しつぶすような父のイメージ(父に対する肯定的“強くて立派”なイメージの負の側面)を持つ利用者が、自分の父のイメージを重なり、反発心が起こってしまうこともあるでしょう。この状況を受け止めてヘルパーが乗り越えていく時に、ヘルパーの内面では心の中の負の父親像(自分の否定してきたもの=影)との和解が行われます。否定的な親イメージが母親の場合もあるでしょう。子供を「包み込み育む」肯定的な母親イメージに対して、否定的な方は「飲み込み食い物にする」というイメージを持っています。シンデレラの継母(グリムの原作では実母)が前者で、魔法使いが後者と言えます。このような事を考えると、昔から“影”や“負の側面”との出会いは、人間として自立していく上で、とても大切な意味を持っているものだと気づかされます。寄せては返す波のように感情は日々移ろいやすいものですが、否定的な感情が高ぶった時こそ、立ち止まってその意味を汲み取りたいと思います。


平成25年8月 紙ふうせんだより (2013/12/26)

皆様、いつも有難うございます!暑さに負けぬようご自愛下さい。

 

暑い日差しの中で、陽炎にかすむ街は蝉の声だけが響き、かえって静かに感じます。

 

     やがて死ぬけしきは見えず蝉の声 松尾芭蕉

 

ラジオからはおごそかな口調で、口語体の難解な言葉が聞こえます。皆一同に頭を垂れ、全神経をラジオに集中しますが、電波状態は悪くところどころ聞きとれません。

 

「耐へ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ萬世ノ爲ニ太平ヲ開カムト欲ス…」

 

誰かの押し殺した泣き声が聞こえる。むしろ、耐えがたきを耐えてきたのは今までだった。全ては勝つ為だった。それが、この上にまた耐えなければならないのか。降伏して泰平の世を開くとは、今までの聖戦や一億玉砕のかけ声は何だったのか。嗚咽がさざ波のように広がっていき、覆いかぶさるようにさらに蝉が甲高く鳴き喚めく。日本は戦争に負けてしまった。大きく口を開けた虚無の淵に立たされた人々は、立っているのがやっとだった。何を信じればよいのだろう。平和などは想像もつかなかった。それ以上に、ただただ皆疲れ果てていた。

 

68年前の8月15日、女学生だったあるご利用者は、学徒動員で川崎の飛行機工場にいたそうです。玉音放送の後、もう帰って良いと言われ、現実感の無いまま荻窪の自宅に帰った。その日から灯火管制が解除され、街に明かりが戻ったという事です。

 

そして人々は生きるための戦いを開始した。今日から明日へ命をつなぐ為に、家族の為に、死んでいった同胞の為に、死ななかった自分は生き延びる義務があった。

 

飢餓と混迷の中、時に争い騙し騙されまた法を犯し、食うために必死だった。子供を育てる為には何でもやった。その子らが70歳を越えようとし、孫は現役世代で活躍している。ありし日の日本を聴き、父母・祖父母の心に想いを馳せると、父母の血肉なくして子の生存そのものは無く、この恩は何をもってしても報いる事はできないでしょう。

 

戦前世代は、今再び生きる延びる為の戦いを開始しています。介護を受けるという事は、1日でも生きながらえる事に価値を置きながらも、最後のその日まで命の歩みを続けるという事です。私たちが要介護高齢者と共に学ばなければならない事は、生きるための努力を続ける事そのものが、“生きている実感”であり“充実感”であるという事実ではないでしょうか。近年の、守られた環境で生きる為の努力を少なくしかしてこれなかった若年世代に、人生への価値の喪失感が見受けられるのは、同じ理由からだと思われます。

 

私たち介護職は、お仕着せの親切な過剰介護によって、本人の生きる努力や意欲を奪ったりしないように心掛けなければなりません。出来得ない親孝行の代りに、利用者の皆様にせめてお世話させて頂く事で、わずかでも恩返しが出来れば、有り難いです。私たちが戦前世代の皆様と関われる時間も、残り僅かになってきました。尊敬と感謝の念をこめて。


平成25年7月 紙ふうせんだより (2013/12/26)

皆様、いつも有難うございます!時々電車の中で浴衣姿の女性を見かけるようになりました。見た目は涼しげですが、実際はどうなんでしょうか。湿気の多い日本は汗が乾きにくいいので、風が吹かないと熱がこもって暑いんですよね。涼しい日も熱中症には要注意です。電車の女性は、無理をして浴衣を着るから遅れ毛のあたりが汗で光っています。それがまた色っぽいのですが…と余計な事を考えてしまいます。これも「袖振り合うも多生の縁」なんですかね。

 

多くの生まれ変わり(多生)を経て現在の自分の“生”があり、路に行き交う人々の中で(袖振り合う)すれ違っただけの出会いも、自分が生まれてくる前(他生)からの“縁”である。この浴衣美人と私の“ご縁”とは一体?と電車の中で妄想するのはあぶないのでやめますが、訪問介護サービスでの忘れ得ぬ出会いはたくさんあります。自転車で街を漕ぎまわる中、「あそこには○○さん家があったな、奥さん元気かな」など回想をしていると、ご利用者様と私たちの“出会いの意味”を考えてしまいます。

 

意味を考える事は大切です。例えば、掃除の仕事を「お金の為にやっている」と変に割り切って考えていれば、お金以上のものは得られません。得ていたとしても自覚がないため気が付きにくいものです。一方で「この掃除は自分の心を磨いているんだ」と思えば、真剣に掃除をし終わった後はすがすがしい気持ちになります。「部屋を綺麗にすることで、利用者さんの気持ちも明るくなって欲しい」との願いがあれば、丁寧なゆきとどいた掃除となり自然と笑顔も出てくでしょう。人生とは、自分の見出した意味を生きているともいえます。

 

あるヘルパーさんが言っていました。「『一日一日を、ほんの小さな幸せを1つでも良いので見つけて生きていきたい』と思っていましたが、最近違うなって思ったんですよ。『一日一日、訪問した方に少しでも幸せを届けたいという気持ちに変わりました。」その変化は、ある利用者さんとの出会いからだったようです。私たちの対人援助の仕事は、相手の苦労を自分も背負ってしまうような側面があります。その苦労は、自らの人間的成長の為に必然的な出会いであると思えば、自然と相手との向き合い方も深くなってきます。

 

仏教では、全ての出会いは単なる偶然ではなく深い縁によって起こるものであるから、どんな出会いも大切にしなければならないと説いています。出会いを必然的なものとして捉えていく事は、自身の態度を自然と謙虚にさせていくことにもなるでしょう。

 

思えば、サービスの依頼が紙ふうせんに来て、たまたま時間の空いているヘルパーがいて…というご縁は、多くの要介護者・ヘルパー・訪問介護事業所がある中でのものだと考えると、不思議なご縁です。どんな出会いからも、自分にとっての意味を汲み取れるように、出会いそのものに謙虚に、自然体で向き合っていきたいと思います。


平成25年6月 紙ふうせんだより (2013/12/26)

皆様、いつも有難うございます!天気予報の気になる季節になりました。傘さし運転のスリップ事故だけはくれぐれもご注意ください。大輪のあじさいが雨に光っています。つやつやした葉っぱがおいしそうに見えるのは私だけでしょうか。雨が降ったら食事して、乾いてきたら日蔭で殻に入って寝てしまう。カタツムリもいいもんだなと思ってしまいます。

 

宿をいつも背負っているカタツムリは、どこにいってもそこが我が家です。そんな心持に人間もなれたら良いのですが、なかなかそうもいかないようです。過去を懐かしんで現在をさびしく感じたり、不動産としての家にこだわって肝心の“家族”を忘れたり、家族の形にこだわってそこに心がなかったり、帰宅願望なんて言葉もありましたね。“家”に対する考え方は、人生観と密接に結びついています。日本古来の無常感には、自身の肉体やこの世での生を“仮の宿”として、過度にとらわれまいとする考え方がありました。

 

前立腺癌の方が退院されてきました。骨転移ありとの情報しかないものの、予想に反してお元気で、食事も普通に召し上がりトイレも自立されており、訪問介護サービスの提案をさえぎって「片付けをしたい」とおっしゃっていました。片付けに対する執着は強く奥様からは自分勝手に見え、奥様の疲れもありデイサービスに行って頂くことになりました。しかしデイは定着せず、訪問介護で入浴をすることになって2週目、ヘルパー到着前に車椅子から自分一人で風呂に入り、入浴後ぐったりとされていました。聞けば食欲なく水しか飲んでいないとの事。その日から数日間食事をとらず、肌は土気色になり、下痢が止まらず自分でトイレに行けなくなり、朝昼夕の身体1での訪問介護が毎日入る事になり、私たちは看取りを覚悟しました。娘さまからの「入院するか、ご飯を食べるか」の二者択一の説得があり、ご飯を食べるようになり肌にも血色が戻ってきました。ご本人にヘルパーの時間割を見せると、「ああ嬉しい、嬉しい。この日は○○さんが来てくれるのか、この日は○○さんか。これで私も紙ふうせんの仲間に入れてもらった」と時間割をなでておられました。

 

1週間ほどたって、体位変換時にも痛みを訴えられるようになり、往診の医師が入り予後1ケ月との告知がありました。このころからは夜間せん盲も強く出現し、家族は疲れを訴えるようになりました。また、告知を受け入れられずに、もっと長生きしてもらいたいという家族の葛藤がありました。本人にも混乱があり、ベット上で仕事の心配をして深夜に大声で家族を呼んだりしていました。家で看取りたいという家族の希望も揺らぐ、嵐のような時が過ぎました。

 

告別式で読み上げた挨拶文を、娘様より「ヘルパーの皆様へ」と頂戴しました。

 

「意識がなくなった最後の2日半は、水も飲まず、点滴もせず、酸素吸入もせずに持ちこたえ、最後の頑張りを母と私に見せてくれました。このとき二人とも思う存分に泣いて別れを惜しみ、父に感謝の言葉を言えたのは、私たち家族にとってとても幸せなことだったと思います。そして、6月1日午前8時50分、前立腺がんのため父は、本当に眠るように穏やかに息を引き取りました。病院に入るのを何よりもイヤがっていた父を、高齢の母と仕事を持っている私という大変頼りない戦力で自宅で看取れたことは最高の夫孝行、父孝行になったのではないかと思っています。」

 

嵐の過ぎ去った5月31日、昏睡されているなか私も朝に訪問し、担当ヘルパーと共に更衣介助・全身清拭を行いました。その時うっすらと一度、焦点は合ってはいませんでしたが眼を開けて下さいました。お昼の訪問では、もう尿も便も出ないので話かけながら髭を剃りました。夕方も見守りにヘルパーが訪問をしました。穏やかな時間が流れていました。

 

「耳は最後まで聞こえていると言いますよね」と奥様がおっしゃいました。「よくそう言いますよね」と私は答えました。「娘と二人で一日中泣いて過ごしたのよ…」

 

深いまどろみの中で、その方は人生の締めくくりに何を感じ何を見ているのだろう。タオルで目の周りを拭うと、まぶたをぎゅっとされるのです。「解りますよ、わかっているんですよね。今顔拭いているんですよ…」そう話かけました。

 

     真っ白な雪道に春風香る 私は懐かしいあの街を思い出す

     叶えたい夢もあった 変わりたい自分もいた

     今はただ懐かしいあの人を思い出す

     誰かの歌が聞こえる 誰かを励ましている

     誰かの笑顔が見える 悲しみの向こう側に

     花は 花は 花は咲く いつか生まれる君に

     花は 花は 花は咲く 私は何を残しただろう

 

この世代の多くの父と同じように仕事漬けだったその方は、また同じように照れからか感謝の言葉などはなかなか口にできないタイプだったようです。しかし、最後の2日間に、言葉では言い表せない多くのものを家族に残して逝ってくださったのでした。

 

私たち訪問介護という仕事は、自宅で最後までお世話をする事が使命です。花は咲くとその中に種を宿してやがて散っていきます。この自然の定めは人間も例外ではありません。しかし現代社会は“死”を遠ざけ、時として忘れようとさえしています。その波に抗って灯台のように立っているのが在宅介護のスタッフ達です。死にゆく過程の中で、真っ白い光に包まれる体験をし、安らぎを感じるケースが多いと臨死体験の調査報告にはあります。在宅介護のスタッフこそ、先達となって“死”からの学びを深めていく必要があります。死を忌まわしくとらえるだけでは、死と共に生じる新たな種子に気が付くことはできないでしょう。

 

訪問介護事業所として、また一人のヘルパーとして、看取りを手伝わせて頂けた事は大きな誇りです。この紙面を借りて、ご本人様・ご家族様・サービスに入って頂いたヘルパーの皆様にあらためて感謝申し上げます。

 

このような意義深い仕事に、人と人の出会いに、より多くのヘルパーさんが関われる事を念願しています。ありがとうございました。

 

(文中の詩は、作詞・岩井俊二の歌「花は咲く」です。読みやすいように一部ひらがなを漢字表記としました。)


平成25年5月 紙ふうせんだより (2013/12/26)

皆様、いつも有難うございます! 五月は最も過ごしやすい季節だと思っていましたが…暑いですね。自転車で走りまわる皆様に敬意と感謝の念を抱きつつ、“皆さんも”水分は多めにお願いします、と余計なひと言を付け加えてしまいたくなります。「わかっているわよ」と、おっしゃるかもしれませんが。

 

水分補給がなぜ大切かというと、まずは“脱水”です。体内の水分が減少すると、脳梗塞や心筋梗塞のリスクは高まりますし、脱力感・頭痛・食欲不振・思考力の低下や精神症状などが現れ、幼児や高齢者は死に至る事もあります。皆様はまだまだ若いですから脱水死は無いでしょうが、思考力低下によるミスはあるかもしれません。また、高齢者は口渇感をあまり訴えないので、脱水症状を認知症と誤認して危険サインを見落とす事もあり得ますので、十分に注意して下さい。

 

ところで、なぜ「余計なひと言」かというと、脱水についてはニュース等で注意喚起されている事もあり、皆さんも十分認識しているだろう思ったからですが、いかがでしょうか。

 

せっかくアドバイスをしても、それを受ける側が、既にその情報を知っていたり、適切でない内容だったり、話を聞ける余裕がない時は、「余計なひと事」となってしまいます。また、アドバイスをする側が、きちんと相手を見て発言しているのではなく、アドバイスする側の“思惑”からの誘導だったり、自己満足的な知識の提供だったりすると、相手は納得のいかない感覚を持ち、やはり結果的には「余計なひと言に」なってしまうのかもしれません。そして、双方のズレが生じてきたとき時にやっかいなのが、アドバイスする側はたいてい「よかれ」と思って言っているからこそ、自分自身のズレに気が付かなかったり、相手からの反発を受けてしまうと「聞いてくれない」とかえって反感を持ってしまったりする事ではないでしょうか。アドバイスが真に相手の事を思っての行為ならば、相手に真意が届かなければアドバイスそのものの意味が無くなるだけではなく、本当に残念です。もっとも、反感を買うのを覚悟の上での、“良薬は口に苦し”的なアドバイスもありますが。

 

くどくどと書きましたが、アドバイスをするなと言いたいのではありません。アドバイスする時には、①相手をきちんと見る事、②それ以上に自分自身を見る事、ではないでしょうか。むしろ積極的に、適切なアドバイスを心掛ける事によって自分自身を見つめなおす事ができて、自己成長の機会が拡がるのではないでしょうか。

 

さて、介護保険の「運営に関する基準」の二十八条に、「(サービス提供責任者は)訪問介護員に対する研修、技術指導を実施すること。」となっています。平たく言えばヘルパーさんにアドバイスをする訳ですが、それが一人よがりになっていないか、いつも冷や冷やしています。この文章も「余計なひと事」なのではないかと自問自答したりしています。


平成25年4月 紙ふうせんだより (2013/12/26)

 皆様、いつも有難うございます! 日々少しずつ緑が濃くなっていきます。路傍の草花は、春に芽吹いたものは伸びきって、夏草は少しずつ顔を出してきています。注意を払わなければ見過ごしてしまうような些細なこと。興味がなかったら、カレンダーが四月から五月に変るだけの事。春と夏の間の季節です。

 

自分の興味や関心や価値観によって、見えてくる世界が異なるってくるという事実は、介護の現場ではよく目にします。年老いた親を見て、「あぁ、こんなにボケてしまった。歩くのもフラフラしているし転倒したらどうしよう。自分で何でもしようとするから、かえって困るわ。」というような嘆きは、よく耳にします。しかし介護者としての私たちは、「自分で何でもしようとする事こそが生きる強さですよ。まだ歩けるではないですか、歩ける事は本当に素晴らしい事です。」と言いたくなります。子供は、過去の“ちゃんとした”親を知っていますから、減点法で評価し嘆くのですが、私たちは寝たきりの方などを介護した経験から、加点法でその人を評価します。「いっそ寝たきりになってくれたほうが楽」との時々聞かされる言葉には胸が痛みますが、そんな時こそ、要介護高齢者と寄り添って見えてきた事実を、さまざまな方に伝えていきたいと思うのです。それにしても自分の見えている現実が、他人のそれとは異なるという事実は、深く考えると恐ろしいものがあります。

 

とある家庭の家族一人一人の内面を描写してみましょう。妻は、夫が仕事に熱中し家庭を顧みない事が不満です。最近学力が落ちてきた子供が心配で、夫には子供と遊んだり叱るなどして、もっと子供と関わって欲しいと思っています。夫は、妻が毎日些細な愚痴をこぼすので少し煩わしく感じ、もう少し視野を広く持って、社会や経済へ関心を持つべきだと考えます。為替相場の激変で会社の業績が悪化して自分もいつリストラされるかわからないんだぞ、と妻に言いたいところですが、そんな愚痴は言っていられないと仕事に精を出します。せめて子供には努力をする背中を見せたいと思って。子供は、自分の事を引き合いに出して夫に文句を言う母親を、筋違いで嘘つきだと感じていますし、父親は本当の人生とは何かを考えないで仕事に逃避しているように見えます。何よりも両親が、生きる事や死ぬ事を本気で考えていないように感じて、馬鹿に思えてきます。祖母は、それぞれが自分の価値観を押し付けあって壁をつくっているのを見て、年の功から湧き出る知見を家族に言いたいと思いますが、誰も本気で聞いてくれないと少しひがみっぽくなっています。そのひがみが、他の家族から疎ましく思われている事に気が付かずに。

 

これらが他人の家庭であれば、ホームドラマを見るかのような気軽さで、お互いの相克を笑って済ませることも可能でしょう。しかし自分自身の身に置き換えてみると、とたんに解析不能な感情の高ぶりに圧倒されてしまいかねません。

 

言うまでもなく、一人一人の見えている“現実”は異なります。この、異なる現実を前提として、まずは自分自身の自己主張したい気持ちを抑えて、その人の現実に付き合ってみる。すると、その人からどんどん言葉が聞かれてきます。そして時には意見をはさみつつも、相手を尊重し、可能であれば自己実現の手助けをしていく。これが、介護職のもっとも肝となる“尊厳を守る”という事ではないでしょうか。

 

安易に“自己実現”という言葉を使ってしまいました。自分自身の納得のいく世界観や価値観を確立し、それに基づいて生きる事ができながら、他人の持つ世界観や価値観と衝突せず争う必要もなく、他人との間の垣根も往来自由になり、生きたいように生きても社会規範との整合性もとれ、自身の幸福追求の過程で他人を傷つけるような事もなく、全てが調和のとれているような状態。そんなイメージをもとに自己実現という言葉を使ってみました。

 

       七十にして心の欲する所に従えども、矩(のり)を踰えず(こえず)

 

孔子の有名なこの言葉は、人生の究極の課題を提示しているように思います。

 

介護という場面によって、親子が異なる現実世界を生きてきた事実が、表面化していきます。この時、介護者が双方の間に立ち緩衝剤となりつつ、お互いの橋渡しをし、それぞれの内的世界の拡大に少しでも役に立つ事ができたならば、ヘルパーとしての“自己実現”になるのかもしれません。

 

さて、それぞれの人々が異なった現実を見ているという事がわかってきたときに、はたして自分自身は、物事や人々の本当の姿に近いところを見ることができているのか、と考えてしまいます。そしてもう一つ、桜が咲いて瞬く間に散ってしまうような束の間の“現実世界”が、この世でせわしなく生活する自分自身が、あの世に旅立った人々にはどのように写っているのか、私は見てみたいと思ったりします。


平成25年3月 紙ふうせんだより (2013/12/26)

皆様、いつも有難うございます!桜の花が綺麗ですね!

 

桜の花を見て皆様はどんな印象を持ちますか?卒業や入学式からくる新たな出発のイメージや、春爛漫のあふれる生命力を感じたり、さまざまな受け止め方があると思います。日本人の好きな桜は、時代や世代によって感じ方が違うのです。

    

    ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花ぞ散るらむ  紀友則

 

この和歌は、こんなのどかな日に、桜の花がせわしなく(しづ心なく)散っていくのを見て、すべてのものは変化していくという無常感を読んだものです。

 

この和歌を、戦時中の軍国教育を受けた方はまた違う受け止め方をします。たとえばこんな感じに。「私の心は、さまざまな思いから波風が立ってはいるが、私はこののどかな日に、潔く花と散っていこう」花と散るとは勇ましく戦死をすることでした。

 

もし、戦時中の戦争指導者が、日本古来の無常感、たとえば平家物語の「祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。 娑羅双樹の花の色、 盛者必衰の理をあらは(わ)す。 おごれる人も久しからず、 唯春の夜の夢のごとし。 たけき者も遂にはほろびぬ、 偏に風の前の塵に同じ。」の感性を持っていれば、泥沼の戦争への道にどこかで歯止めがかかったのではないかと考えてしまいます。

 

桜一つをとっても、感じ方は異なるのですから、なおさら「人間」の「老後」のとらえ方ともなれば、千差万別でしょう。ここに、さまざまな人間らしい「個性」を持ったヘルパーが介護をしていく意味があると思います。

 

さて、私としましては、音もなく静かに散っていく桜を見て、春の柔らかい光線に桜も自分も包まれている事に気が付いて、自転車に乗りながら、「ああ、桜はあんなに静かなのに、自分はこんなにもせわしないなあ」と思う日々です。


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