【紙ふうせんブログ】

平成30年

紙ふうせんだより 11月号 (2018/12/18)

紙ふうせん10周年の節目に
ヘルパーの皆様、いつもありがとうございます。「紙ふうせん祖師谷訪問介護事業所」を11月1日に開設する事ができました。皆様のおかげです。感謝いたします。この日は経堂に「紙ふうせん」を開設してちょうど10年です。
10年前を振り返って
この10年を皆様はどのように生きて来られましたか。2008年は、1月に大阪府知事に弁護士の橋下徹氏が当選。9月は福田首相辞任で麻生首相に交代。リーマンショックの発生。世界経済の混乱の中で、11月にはオバマ氏が黒人初のアメリカ大統領となり「Change」や「Yes, we can」のメッセージに、新しい歴史が開かれいくようでした。日本でも新しい時代の機運が高まり、翌年、旧態依然の顔をした麻生内閣が度重なる失言で倒れ、民主党政権が誕生。是非はともかく、10年前には、今に繋がる今の基礎となるものと、今とは違う昔があります。
十年一昔を9回繰り返すと、大抵の人は寿命を迎えます。10年の間に、自分の中で変ったものはあるでしょうか。また変わらなかったものは何でしょうか。変わったところは発展として自己の挑戦を称え、変らなかったところは本質として、謙虚に受け止めつつも誇りたいと思います。そして、そう思おうとした時に、ちくりと刺さる呑み込みにくい棘があったとしたら素直に自分を反省し、自分自身に何かを語りかけて、これからの10年へ向けて新しい一歩踏み出していきたいと思います。
私(佐々木)が訪問介護の管理者として「紙ふうせん」に入ってからもうすぐ6年です。その時から今も願い続けている事があります。それは、ヘルパーの皆様に、「介護の仕事をやって良かった」と感じていただきたい一点です。それは、その人にとっての何かの新しい発見や出会いでしょう。仕事の“対価”を得るだけのためなら、どんな仕事でも良いはずです。それが、介護を必要とするようになった方自身にも家族の方にとっても“負い目”や“負担”としてネガティブに理解されている介護の世界なのですから、だからこそ皆様には、対価以上に意味のある何かを見つけて欲しいのです。介護にネガティブさがつきまとうのはそこにある死のイメージからですが、そこから何かを見つけるとういう事は、“死と再生”という命の営みに直に触れる事であり、死の中に生の輝きを見つける事であり、ひいては自分自身の人生にも命の輝きを見出す事になるでしょう。介護の仕事をもっと好きになれば、自分の生も、それを取り巻く環境をも、もっともっと好きになっていくと思うのです。

願いを叶える力
社名を問われて『紙ふうせん』と答えると、「冬が来る前に」や「翼をください」の楽曲ので知られる夫婦デュオの「紙ふうせん」を連想される方がいます。その前身となるフォークグループの「赤い鳥」は、黒田三郎の現代詩「紙風船」に曲を付けて歌いヒットさせました。「紙風船」は小学校の教科書にも載っています。
ある授業では、子供たちに「『美しい願いごと』が落ちてくるというのは、どういう意味ですか?」と問うと、紙風船をふくらますように、「願い」を“ぱんぱんに詰め込む”と願いが実り“落果”として落ちてくるという意見と、「願い」はなかなか叶わないから、落ちてくるたびにその願いを“繰り返す”という二つの意見に割れたそうです。
「パスッ」と手で跳ね上げた紙風船はゆっくりと落ちてて、「パスッパスッ」と繰り返すとだんだんひしゃげて弾まなくなります。そうしたらもう一度「ふーっ」と息を吹き込んで膨らませて……。私としては、熱中して無心に繰り返すという事の中に瞬間の純粋な美しさを、それが続いて欲しいという願いの中に無垢さを感じ、またそれらと同時に、全ては流れ去っていくという儚(はかな)さも見てしまいます。いずれにしても、「何度でも」「もっともっと高く」という直向(ひたむ)きさが、「願いを叶える力」なんだと思います。
自分自身にもう一度息を吹き込もう
テクノロジーで“魔法”を実現させたスティーブ・ジョブズは、「素晴しい仕事をするたった一つの方法は、自分のやっていることを好きになること。まだそれを見つけていないのなら、探し続けなさい。安住してはいけない」と言っています。私たちの介護の仕事は、他者の人生に深く関わりますから、関わった人に良い変化が生じてこそ「良かった」となります。他者の人生に対して影響を及ぼす責任は重大ですから、他者と自己が切り離されているような“表面的な”関係を好む現代の風潮を破っていく覚悟が必要です。それは、一見嫌いと感じるような人に対しても「好き」になってみようとする努力なのかもしれません。
スペインの哲学者オルテガ・イ・ガセットは、「私は、私と私の環境である。そしてもしこの環境を救わないなら、私をも救えない。」と述べています。他者と自己はその究極において切り離せないのです。自身に対して願う事は、他者に対しても願うべき事であり、他者に対して願った事は自分にも還ってきます。利用者さんの本当の願いをくみ取ろうとする努力は、同時に、自分の人生に対する向き合い方となります。
「人生という本には、うしろのほうに答えが書いてあるわけじゃない。」これは漫画「ピーナッツ」(スヌーピー)の登場人物チャーリー・ブラウンの言葉。“死”に向かって歩を進める介護という状況から価値ある何かを見つけるという事は、見つけようとして答えをただ待つのではなく、今この瞬間にも自分自身と利用者さんを触発させて、そこから喜びを“創造”しようとする事ではないでしょうか。その触発の刹那に、命が火花のように輝くのです。
「人生とは自分を見つけることではない。人生とは自分を創ることである。」これは劇作家バーナード・ショーの言葉。皆様と一緒にすばらしい事業所を創っていきたいと思います。

将来の介護を想像してみよう
現在、正社員になりたくてもなれない「不本意非正規」の割合が若年層で増えていると言われているが、その遠因はどこにあるのだろう。2000年に開始された介護保険制度の訪問介護も、残念ながら非正規雇用を前提にしているような制度設計となっている。
派遣労働法は何度も改正されているが、特殊な専門業種に限定されていた派遣労働が、1999年(小渕内閣)には派遣業種の原則自由化となり、2003年(小泉内閣)には例外扱いで禁止だった製造業および医療業務への派遣が解禁となる。そこには、生産設備の稼働率に合わせて簡単に雇止めができる“雇用の調整弁”を必要とする経済界の強い要請があった。1989年の冷戦終結の後、中国(改革開放)やベトナム(ドイモイ)の市場経済導入が加速し、中国は“世界の工場”となっていったが、経済格差を前提とした『安い労働力』に日本の製造業は太刀打ちできないと言うのだ。1991年にバブル崩壊が始まり1993年には「リストラ」が流行語となった。日産のゴーンCOO(最高執行責任者)が2万人の削減に着手したのは1999年。労働者や下請け企業の現実は、国内や海外の『安い労働力』との競争となった。“国際競争力”を維持するには、原価(人件費)を下げなければならないと言われ、製造業の海外生産比率は1985年の3 %から2009年の17.8 %へと上昇。労働密度を高め一人のアルバイトに何でもやらせて人件費を切り詰めて価格競争に打ち勝ち利益を上げるというビジネスモデルが飲食業界で流行し、デフレを牽引するとともにブラック企業のモデルとなった。従業員は財産ではなくコストとなり、企業経営は顧客や従業員よりも株主の利益が第一となった。勝ち組・負け組がささやかれるようになった“失われた20年”に失敗があるなら、目先の利益確保に腐心して理念が歪んでしまった企業や政治や人々だろう。
そして今、日本では「外国人技能実習生」をどんどん拡大させる案件が取りざたされている。タテマエでは『開発途上国等の経済発展を担う「人づくり」に協力することを目的』という外国人技能実習制度は、実際には単純労働に従事させ、労働基準監督署の目が届かない事を良いことに“時給300円”“不当な給与の天引き”“無休”など、現代の奴隷かと思われるような人権侵害が横行している。
『安い労働力』との競争という軋轢は、実はヨーロッパが先取りをしている。1992年のEC(欧州連合)の発足により旧東欧諸国から『安い労働力』が流入し、仕事の無い若者が人種差別や排外主義に傾倒しネオナチなどが台頭、暴力が路上に溢れた。格差を是正しない社会は差別が肯定され、抑圧が“最底辺”に向かう。将来の日本の労働環境はどうなるだろう。あえて最悪のケースを想像してみよう。
“団塊の要介護世代”の需要が激増する2028年。介護労働の多くを外国人が担うようになり、差別感情から介護職は最底辺が固定され、社会保障費抑制のために低賃金に据え置かれ、日本人従業員はますます減っていく。訪問介護でも中間管理職は日本人が担うもののヘルパーの多くは外国人となる。困ったのはコミュニケーションだ。利用者とのトラブル防止のため、手順が徹底され指示に無い行為は厳禁となり、中間管理職とヘルパーの間にも差別と対立が生じる。利用者と打ち解けて気を利かせられるヘルパーは“命令を聞かない悪者”としてイジメられ排除される。給付抑制政策でプランはますます硬直化、利用者の不満を“法律ですから”と力で抑え込むマネジメントが普通となり「もし融通を利かせて欲しいなら“私費”を入れなければダメです」と脅して「私費を組み込んで利益確保」が常態化する。「私費だから」とヘルパーは下男下女のように酷使される。利用者は、私費を利用して十分な介護を受けられる層と、お金が無くてプラン自体が敬遠されて介護がなかなか受けられずに放置(生存権侵害)される層へと二極化し、後者には介護虐待が頻発する状況となる。人権侵害を放置する社会は差別と対立が蔓延し、心の断絶の溝に怨念が流れ込み怒りと暴力が溢れ出す―。(外国人労働者を許容しても、こんな介護や差別や人権侵害は許容できません!!自分が流されないために想像してみよう。)

日本の入国管理局の現状 (ハーバー・ビジネス・オンラインの志葉玲氏などの複数の記事から引用・再構成)
2018年4月、牛久入管で収容中のインド人男性クマルさんが自殺した。翌月には同入管で日系ブラジルなど3人が自殺未遂した。入管では、少しでも被収容者が反抗的な言動をすると大勢の職員が飛びかかり、何人もの体重をかけて床に押さえつける“制圧”という暴行が日常的に行われている。被収容者はアザだらけにされ腕を折られる事もある。この10年間で制圧による窒息死は1人、医療放棄が疑われる病死は7人を数える。自殺死は4人。自殺未遂はもっと頻繁に起きている。2016年頃から入管に収容される人数が急増し、被収容者の処遇は目に見えて悪化しているという。
クルド難民として6歳の時に来日し日本で少中高に通った22歳の女性は、在留資格のある男性と結婚したところ突然入管に拘束された。持病の薬の内服が許されず発熱・痙攣・吐血が頻繁に起きるようになった。発作を起こし「私はのたうち回りながら、何度も『誰か助けて!』『救急車を呼んで!』と叫んでいたのに、結局、誰も来ず」放置された。
「トルコ籍クルド人が、盲腸の手術の後に腹痛を訴えていました。ところが、その人は1か月もの間放置され、手術痕からは黒い膿が出ていました。耐えきれずに本人が救急車を呼んだら、東京入管は救急車を追い返した」
「17年3月、収容されていたベトナム人がくも膜下出血で死亡した事案、当初から頭痛などを訴えていた。収容から2日後、口から血を吐き、泡を噴き、失禁。ほかの被収容者によると、『痛い、痛い』と叫ぶN氏に、見回りの職員はそのたびに『静かにしろ』と言うだけ。被収容者の方々は眠れなくなるほどずっとN氏の叫び声を聞いていた。」
ネパールからの来日した留学生は、学費用の180万円を盗まれ大学を続けられなくなり、心を病み帰れなくなって滞在期間を超えてしまったため入管に拘束された。紛争地から命がけで逃げてきて、日本に助けを求めて難民申請を行っている“罪のない人”も入管に拘留されている。その方々が人権を無視され、犯罪者以下・刑務所以下の扱いで長く留め置かれているのだ。日本の入管の闇は、国連の人権委員会や拷問禁止委員会から度重なる是正勧告が出されている。「多数の暴行の疑い、送還時の拘束具の違法使用、虐待、性的いやがらせ」や「無期限・長期収容」は拷問の疑いがある。長期化する拘留に追い詰められてしまった被収容者の自傷行為も増えているようだ。
牛久入管では、クマルさんの死に抗議して被収容者140人以上がハンガーストライキを実行。抗議も命がけだ。
「昨年5月、品川の東京入管で被収容者たちが抗議のハンガーストライキをしていた頃のことです。共用スペースから雑居房に戻ることを拒み、座り込みをした私たちに対し、大勢の入管職員が硬いブーツを履いた足で、何度も激しく蹴りつけてきたのです。あれ以来、片目の視力がほとんどなくなってしまいました……」(中国人男性)
入管の被収容者を支援しようと、牛久入管や東京入管の前では日本人市民による抗議も行われ、クマルさんの死の真相解明や医療環境の改善、長期収容の見直しを呼びかける署名には1万7千筆(2018.6現在)が集まっている。

【発展研修】 会場:祖師谷 12/18(火)16:00~
構成的グループエンカウンターの手法で行います。梅丘・祖師谷のどなたでも参加できます。
(担当/佐々木)

~~ヘルパーミーティングのお知らせ~~
【日時】 平成30年 12月14日 金曜日
忘年会(研修会)と同時開催。(案内は別紙)
当日は、懇談が中心となります。ざっくばらんに話し合いましょう。
会議参加手当(ミーティング)は1回につき1370円です。


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