【紙ふうせんブログ】

令和5年

紙ふうせんだより 11月号 (2023/12/22)

「家族」について考える

皆様、いつもありがとうございます。11月の第三日曜日は、2007年度より内閣府が「家族の日」と定めています。「生命を次代に伝え育んでいくことや、子育てを支える家族と地域の大切さが国民一人一人に再認識されるよう」に、という趣旨だそうです。

家族であれば「家族になれる」という誤解

内閣府の資料では、「家族」の定義を「夫婦の配偶関係や親子・兄弟などの血縁関係によって結ばれた親族関係を基礎にして成立する小集団。社会構成の基本単位(広辞苑)」としていますから、「家族」の成立は婚姻や血縁に依拠していることになります。そして同資料(ユースアドバイザー養成プログラム)では、「近代の家族をモデルとすれば『家族崩壊』,『家族機能不全』としか言いようがない現象が社会にあふれている」とし、「若者支援に当たって、まず気をつけなければならないことは、『家族と本人だけの関係に閉じこめない』ということであり,広く社会に目を向け『社会の中に居場所をつくる』ということである」としています。

ここに家族の問題の構造が端的に示されています。婚姻・血縁関係があれば自動的に「家族」になるのですが、「家族機能」は自動的には発揮されないのです。同資料では『家族機能不全』を「よく怒りが爆発する家族」「冷たい愛のない家族」「他人の目だけを気にする表面上は幸せそうな家族」等(※1)と例を挙げ、「全く何も当てはまらない家族」は無いとしています。




※1(同資料では、他には以下を述べている)

性的・身体的・精神的な虐待のある家族

他人や兄弟姉妹が比較される家族

あれこれ批判される家族

期待が大き過ぎて何をやっても期待に沿えない家族

お金や仕事・学歴だけが重視される家族

親が病気がち・留守がちな家族、親と子の関係が反対になっている家族

両親の仲が悪い・ケンカの絶えない家族

嫁姑の仲が悪い家族




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家族を「家族」たり得るものとするのは何か

かつて「家父長制」のもと家族が結束することが無条件に当たり前とされていた時代がありました。軍国主義もあり「男尊女卑」が根深く植え付けられ、嫁や子供に手を挙げる「父」は普通の話でした。「家長」または家長代理のような絶対的権力者が家族の中にいて、服従を強いられて「嫌だった、辛かった」という話は、利用者さんやその子供からよく耳にする話です。「権力によって人心を束ねる」というようなことは虐待やハラスメントの温床ともなり弊害が大きすぎて戻るべきではありません。これは職場の人間関係も同様です。

令和5年4月1日施行の「こども基本法」では、基本理念に「全てのこどもについて、個人として尊重」と明記しています。夫婦や親子関係以前に相互に「個人として尊重」される基本的な人間関係が無ければ、「家族機能」は十分には発揮されないのです。望まれる「家族機能」の第一は何でしょう。それは、そこが安心できる『居場所』となることです。

「個人として尊重」にも誤解があります。「尊重」がはき違えられて相互不干渉や相互無関心となり、気持ちや考えの交流が無くなって、そもそもの人間関係が希薄になってしまっている家族像もあります。宮崎駿監督の映画『千と千尋の神隠し』では、子供の心の痛みに全く「無関心」な親の姿が描かれており、そのために主人公の千尋の自己肯定感が育まれていない様子がうかがわれます。「個人としての尊重」とは、相手に関心を持ち相手の問題に自分も関わっているという自覚を、特に立場の強い者こそ、持つことが大切なのです。

 

家族の外側から「問題」を解決する

先の資料では「問題」を抱える若者の本質的な要因の一つを家族や他者との「『関係性』とその認識」としており、具体的な解決方法の例として「家族や兄弟姉妹に依存しない…家族だから分かること・できることもある反面,家族だから分からない・許せないこともある。家庭や血縁のネットワークが教育力を失い,学校が必ずしも信用を得ているとはいえない現状にあって『働く世界(※2)』は若者にとって『新たな人生=職業人としての人生=の出発点』になり得る。社会=非血縁関係だからこそできることに気づかせる必要がある」としています。

これは『千と千尋の神隠し』で描かれた千尋の成長物語と同じです。自分本位のままに生きる両親とはぐれてしまった千尋は、居場所がどこにもないので風呂屋で働くことになりますが、強欲な経営者は千尋を道具のように扱いました。しかし職場で得た人間関係や労働によって千尋は自信と自分を取り戻し、両親への認識を変えることができたのです。

「家族の問題=血縁=改変不可能」ではありません。家族の問題も基本は個人と個人の人間関係であると捉え直しができれば、家族外の人間関係を持つことによっても克服は可能となるのです。




※2〈仕事について〉成功体験(良かったこと)と失敗体験(イヤだったこと)のどちらかだけの経験はあり得ず、両方があって初めてリアルな経験になるという当たり前の事実の確認〈見守り〉が必要となる。

事実を問題にするというよりは経験をどのように受け止めたか(認知したか)に注目し、経験(行動)に基づき考え方・受け止め方(認知)を変えることを学習〈フォロー〉する。




「家族」を問い直す時代にあって

「明治生まれの父は大変恐い存在で、大人になるまで父とまともに会話をしたことが無かった。風呂も食事も父が一番で、父が食べ終わらないと家族の食事とならないが、家族の給仕も母が行い最後になった母は残り物を台所で食べていた…。」今では考えられない話ですが、家父長制に厳格な家では、家族の成員にはそれぞれ義務と序列がありました。

家長(父)の義務は稼ぐこと。家庭内の一切の責任は嫁(母)にあり祖父母の介護も義務。小さい子の面倒は上の子が見る。子供は親を手伝い勉強をする。長男は家督を継ぐ者で家族や家に何かあれば守らなければならず、娘がどこに嫁ぐかは家長が決めることでした。家族に求められているものの第一は「家」を守ることであり個人の心の中は顧みられませんから、それぞれが役割をまっとうしていれば、家を守るという意味では問題は起きません。個人の自由はそもそも抑圧されています。もし自由にしたいのなら「家」を出るか捨てるかだったのです。

2018年のカンヌ国際映画祭では、是枝裕和監督の『万引き家族』が最高賞(パルムドール)となりました。笑いの絶えない家族が実は本当の家族ではなく、心に傷のある者の寄り合い所帯だったという粗筋でした。また、この冬に上映される『SPY×FAMILY』は、スパイ任務の都合で形成されたかりそめの家族の物語です。これら「疑似家族」の物語は、「家族ではない」からこそ「家族」になろうとします。その努力がお互いの気持ちを寄り添わせていくのです。

 

現代では、「家族」に求められているものは何でしょう。

外的規制としての役割が消失しつつある今、各人は自覚的に役務を提供するべきでしょう。お互いを尊重するために、自分本位には自制が必要です。何よりも、お互いがそれぞれに何を期待しているのかを伝え合わなければなりません。伝える力や理解力に差があれば、力のある側の気遣いが必要です。

相手への感謝の表現は大切です。家族内で解決困難な問題は外に開かれる必要があります。介護保険制度も介護の問題を「家族に閉じ込めない」ために始まりました。個人の問題も「個人に押し込める」べきではありません。

人の心の優しさは垣根を超えて人と人を結び付けます。孤独を癒す拠り所を「家族」と呼ぶのであれば、介護職員もまた「家族」となり得るのです。


 

紙面研修

こどもの人権と「こども基本法」について




【人権の基本】

・すべての人が権利をもっています

・みな生まれながらに権利をもっています

・権利を奪いとることはできません

・権利は無条件にあるものです

・すべての権利が同じように大切です




「こども権利条約」(日本は1994年に批准)

子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)は、世界中すべての子どもたちがもつ人権(権利)を定めた条約です。1989年11月20日、国連総会において採択されました。この条約を守ることを約束している「締約国・地域」の数は196。世界で最も広く受け入れられている人権条約です。

子どもの権利条約は、子ども(18歳未満の人)が守られる対象であるだけでなく、権利をもつ主体であることを明確にしました。子どもがおとなと同じように、ひとりの人間としてもつ様々な権利を認めるとともに、成長の過程にあって保護や配慮が必要な、子どもならではの権利も定めています。(ユニセフHP)

 

「こども権利条約」の4つの基本

○生命、生存および発達に対する権利(命を守られ成長できること)

すべての子どもの命が守られ、もって生まれた能力を十分に伸ばして成長できるよう、医療、教育、生活への支援などを受けることが保障されなければなりません。

○子どもの意見の尊重(意見を表明し参加できること)

子どもは自分に関係のある事柄について自由に意見を表すことができ、おとなはその意見を子どもの発達に応じて十分に考慮しなければなりません。

○子どもの最善の利益(子どもにとって最もよいこと)

子どもに関することが決められ行われる時は、「その子どもにとって最もよいことは何であるか」を第一に考えなければなりません。

○差別の禁止(差別のないこと)

すべての子どもは、子ども自身や親の人種や国籍、性、意見、障がい、経済状況などいかなる理由でも差別されてはいけません。

 

「こども基本法」の成立経緯

日本には、戦前より(旧)児童虐待防止法(1933制定)がありました。虐待は貧困が原因とされ昭和恐慌のもと親の搾取を防せぐ目的で、親子心中の防止、欠食児童の援助、見世物や乞食、風俗での児童労働の禁止を定めました。

しかし規制や支援は限定的で、個人として子供を尊重する考えに欠けていたため、前借金で事実上未成年者が人身売買されることは戦後まで続きました(人身売買は1925年に婦人及児童ノ売買禁止ニ関スル国際条約の批准により非合法化されている)。1947年に戦災孤児対策の観点から虐待防止法の意義を含む児童福祉法が制定されると、それに伴い旧法は廃止されます。

1994年に日本は「こども権利条約」を批准し、関連の法整備(1997児童福祉法改正)を進め、2000年に新たな児童虐待防止法を制定します。虐待の定義が明確化され通告義務が規定されると、今まで「しつけ」の名のもとに行われていた虐待が可視化され「虐待認知件数」が増加、貧困でなくとも「虐待は起こる」と認識されるようになり、2012年に民法の「親の懲戒権(子どもを罰する権利)」が「子の利益のために限る」とされ、2020年には児童虐待防止法が改正されて保護者による体罰が禁止されました。

しかし、日本には子供を「個人として尊重」することを明示した基本法はなく、憲法や条約の精神にのっとった、子供の健全な人格形成と自立した個人としての成長を目的とする法律の制定が求められてきました。

2022年6月、「こども基本法」が成立し、2023年4月1日の施行日に併せて子ども家庭庁が設立されます。こども基本法にはこども権利条約の4つの基本が含まれるとともに、「保護者が第一義的責任を有する」とした上での「養育環境の確保」と「社会環境の整備」の2点が加えられました。この2点と共に「こども施策を総合的に策定し実施する」責務は国にあり、国民や事業者の施策への「協力の努め」も明記されました。(トップ画像は、こども家庭庁の「こどもまんなかアクション」より)




「こども基本法」(基本理念要約)

1.全てのこどもについて、個人として尊重され、その基本的人権が保障されるとともに、差別的取扱いを受けることがないようにすること。

2.適切に養育される、生活を保障される、愛され保護される、健やかな成長及び発達並びにその自立が図られる、その他の福祉に係る権利が等しく保障される、教育を受ける機会が等しく与えられること

3.その年齢及び発達の程度に応じて、己に直接関係する全ての事項に関して意見を表明する機会と多様な社会的活動に参画する機会が確保されること

4.その年齢及び発達の程度に応じて、その意見が尊重され、その最善の利益が優先して考慮されること

5.こどもの養育は、家庭を基本として行われ、父母その他の保護者が第一義的責任を有するとの認識の下、これらの者に対してこどもの養育に関し十分な支援を行うとともに、家庭での養育が困難なこどもにはできる限り家庭と同様の養育環境を確保することにより、こどもが心身ともに健やかに育成されるようにすること

6.家庭や子育てに夢を持ち、子育てに伴う喜びを実感できる社会環境を整備すること




考えてみよう

「あなたのため」として親が子供の自主性・主体性を抑えてしまう「パターナリズム」が日本には根深くあるが、その長所・短所について考えてみよう。


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