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紙ふうせんだより

紙ふうせんだより 8月号 (2018/09/06)

2018年(平成30年) 8月  葉月号

紙ふうせんだより

想像してみよう

ヘルパーの皆様、いつもありがとうございます。暑さのなか夏バテしていないでしょうか。平成最後の8月です。「今年も陛下は “過去の反省”と述べられましたね」など呟くと、利用者さんはその体験を話してくれるかもしれません。特に戦争の話題は、利用者さんから見れば「若い人は軍国主義だった日本を知らないだから話しても理解されない」と思っているので、ヘルパーさんの側から理解を示すと安心して話して下さいます。

静かにこの世から消えて行く前に

ある方は、以前戦争体験を「身の周りで亡くなった方はいました?」の問いに「親戚で亡くなった方がいましたよ」と言われていました。すぐには他人に気軽に話せるような内容では無かったのでしょう。その後、話を聞いているうちに「上の兄が南方で戦死して…」と話をして下さいました。この方の断片的な話から当時の状況を想像してみましょう。

南方といえば、食料や武器の補給もなく戦略のプロセスを無視した精神論頼みの無謀な作戦で、多くの病死者・餓死者を出しています。現地の悲惨な状況は検閲で引っかかるため家族に知らせる事ができません。やがて補給の断たれた部隊からは手紙も来なくなります。日本本土以外(沖縄を含む)の戦没者約240万人のうち、遺骨(指などの一部)が帰還したのは約127万柱と言われています。遺骨が持ち帰れなかった場合は白木の箱に個人の持ち物などを入れていたようですが、それもかなわない時は石や砂が入っていました。しかし空き箱も多かったようです。多くの餓死を出して餓(が)島と呼ばれたガダルカナル島撤退など、1943年以降遺骨が帰還しない事が常態化、部隊全滅の数年後に紙きれ一枚の「戦死公報」が家族の元に届くばかりとなってきました。お兄さんの戦死をどのように知ったのか聞けませんでしたが、一片の骨でも辛かったことでしょう。それが石や紙きれ一枚となった時、南方戦線の地獄のような噂を聞いた時、悲しみの底から湧き上がる怒りはやり場が無かったことでしょう。私たちの大切な家族を奪ったのは誰? 単純に“敵”を憎めればまだ救いもあったかもしれません。国家の称揚した崇高な戦死とは程遠い240万の6割以上が餓死と言われる馬鹿げた行為の責任は、一体誰にあるのか。うちの人を連れて行って殺したのは一体誰? その問いは禁句でした。公に口に出したとたん特高警察に連れていかれるからです。この時の悲しみと怒りは、状況を知らない人にはなかなか語れるものではありません。多くの方は戦争体験を細部までは語らず、それはほとんど誰にも明かさないまま、静かにこの世から消えていく記憶なのです。私たち介護職は、そのような記憶を受け継ぐ最後の人間関係となるでしょう。利用者さんの発言の断片から想像を膨らませ寄り添い、生きた記憶を継承する事が私の願いです。その為には想像する事が必要です。硫黄島からのある手紙には、検閲されないための婉曲的な表現で「内地には食べられる草もたくさんあるのでしょう」と。例えばこのような一言から、何があったのかどんな気持ちだったのか、想像してみよう。

自分はその瞳で何を見ようとして、何を感じるだろうか

「父の友達の家族と家族ぐるみの付き合いをしていて、歳上の男の子と仲が良かった。その子は学徒出陣で航空兵になった。『かんちゃん、生きて帰ったらかんちゃんをお嫁に貰ってあげるよ』と言って帰って来なかった。私は『生きて帰ってきて』とは言えなかった…。」当時、年頃の男女が仲良く会話をしたり手を繋いだりする事は、“日本男児”にあるまじき行為だった。“日本男児”の本分は兵隊としてお国のために戦死する事だった。

昭和12年の軍歌『露営の歌』には『弾丸(たま)もタンクも銃剣も / しばし露営の草枕 / 夢に出てきた父上に / 死んで還れと励まされ / 覚めて睨(にら)むは敵の空』とある。親も死んで帰れと言った。いや、言わされたのだ。そんな世相の中でおどけながら言った『生きて帰ったら…』との言葉の中にどれほどの想いがあったのか。微かな希望の中に生への切ない願いがあった。それを察した方も、運命を前にして一体どんな言葉を返す事ができようか。想像してみよう。人生に定められた未来は、国の命令によってただ「死」しか無かった時代があった。想像してみよう。自分が年頃の時、異性と仲良くする事も心を打ち明ける事も叶わなかったとしたら。それを願う事も表現する事も禁止されていたとしたら。想像してみよう。「死」が目前に迫ったその時、自分はその瞳で何を見ようとして、何を感じるだろうか。

失敗を未来に活かすために

何か失敗があったとしよう。介護の現場でもよくある事だ。何が原因か解らないけど、利用者さんとの関係がぎくしゃくしてきた。そんな時は想像してみよう。利用者さんはどんな気持ちで今まで生活していたのか。自分のどんな態度が言葉が、利用者さんの心の痛みをそれとは知らずに無視してしまったのか。人は想像することができる。想像とは、自分が経験していない事を考えることだ。人は、現実には存在しない事柄も心の中に思い描き感じることができる。SFの父ジュール・ヴェルヌは「人間が想像できることは、必ず実現できる」と述べたと言われている。1865年の作品『月世界旅行』から104年後、アポロ11号は月面に着陸を果たした。「失敗は成功のもと」とは、失敗してもその原因を追究したり、欠点を反省して改善していくことで、かえって成功に近づくことができるという意味だ。失敗を成功に繋げるものが想像だ。人は想像によって地球の外の宇宙にも行けた。人は他人の気持ちも想像できる。“理解できた”とか“理解できない”とかはどうでも良い。完全なんてあり得ないし、それが正解か誤解かもどうでも良い。月に行く方法がたった一つしか無いなんて事は無いように、答えは一つじゃない。大切なのは想像する事。想像し続ける事によって、他人の痛みも悲しみも想像する事ができる。この世界には、痛みや悲しみを知れるチャンスに満ちているのだから、“自分自身の事で精一杯だ”と自分の周りに防御壁さえ作らなければ、沢山のチャンスがそこにある。想像できないのは想像していないからだ。想像は、科学を新しい発見に導き芸術を開拓し、政治や文化を変革してきた。負の歴史も想像する事によって未来に活かされる。想像してみよう。昨日から明日へとつながる自分の転換点も今ここからだ。思い出してみよう。その時どんな声だったか。どんな瞳だったか。

想像してみよう。自分の一番辛かったり嬉しかった記憶を頼りに、傷つけてしまったかもしれない誰かの心を。これから喜ばす事ができる誰かの心を。

利用者さんの生きてきた時代を想像してみよう

紙面研修
マーティン・ルーサー・キング・Jr

「私には夢がある!『全ての人間は生まれながらにして平等である。これが自明の理であることをここに保証する』、この国家の基本理念を真の意味によって実現する日が来るという夢が。私には夢がある! いつか、ジョージアの赤土の丘に元奴隷の息子たちと元奴隷所有者の息子たちが一緒に座り、友愛のテーブルを囲む日が来るという夢が。私には夢がある! いつか、あの差別の熱にうだるミシシッピー州さえもが自由と正義のオアシスに変わる日が来るという夢が。私には夢がある! いつか、私の子どもたち4人が肌の色でなく中身で判断される、そんな国に住む日が必ずくる。」
太平洋戦争が終わった翌年には第一次インドシナ戦争が始まった。その2年後には朝鮮戦争が勃発、朝鮮戦争は1953年に休戦協定が結ばれたものの米ソ冷戦は激化する。インドシナ戦争はアメリカが傀儡(かいらい)政権を作って介入しベトナム戦争(第二次インドシナ戦争)となった。世界初の人工衛星が宇宙を飛んだのは1957年、科学が想像の翼を宇宙に広げても、大国は自国の利益に精一杯だった。東アジアでは1931年の満州事変(日中十五年戦争)から48年間ずっと戦争が続いた。これらは因果関係で連鎖しており宇宙的な視点からは一つの戦争と言える。一度始めた戦争はなかなか終わらない。

朝鮮戦争ではGHQの命令で極秘に戦争に参加した旧日本軍の掃海艇部隊で戦死者が出ている。民間動員の輸送船等を含めると日本人の死者は56名を数える。ベトナム戦争ではアメリカが核の使用を匂わせても、ベトナム人は独立と統一を諦めなかった。二つの戦争では日本中の基地がアメリカ軍の後方支援を行った。今でも日米密約により沖縄の米軍基地には核ミサイルが配備されている。1959年には沖縄で広島型と同規模の核ミサイルの誤発射事故が起こり黒人米兵に死者が出ているが極秘とされた。
ジョン・レノン「Imagine
想像してみよう そこに天国は無いと

やってみよう 簡単だよ

僕たちの下に地獄なんて無く

僕たちの上には ただ空がある

想像してみよう 全ての人々が

今日のために生きている

想像してみよう そこに国なんて無いと

それは難しくないよ

殺したり殺されることも無く

そして宗教も無い

想像してみよう 全ての人々が

平和のうちに生きている

君は僕を夢想家って言うだろう

だけど僕一人じゃないよ

いつかきっと君も仲間になって

世界はひとつになるんだ

想像してみよう 財産なんか無いと

君に想像できるかな

欲張ったり飢えることも無く

人はみんな兄弟だって

想像してみよう 全ての人々が

世界の全てを分かち合うんだ
1955年、バスの白人専用座席にあえて座った黒人女性ローザ・パークスが逮捕。アメリカでは建国の精神に反し『全ての人間』に有色人種は含まれてはいなかった。ベトナムでは黒人が白人の弾除けになっていた。1963年8月28日、公民権を求めるワシントン大行進でマーティン・ルーサー・キング・Jrは自分の想像する世界を「I(アイ) have(ハブ) a(ア) dream(ドリーム)」と25万の聴衆に語り、5年後差別主義者のテロに殺された。キング牧師は「人種偏見と軍国主義には、密接な関係がある」と主張、反差別運動は日米欧のベトナム反戦運動に発展する。大国のベトナム介入に抗議して勲章を英国に返上したジョン・レノンは1971年、「Imagine(イマジン)」を歌い「想像してみよう」と呼びかけ、9年後銃弾に倒れた。第三次インドシナ戦争が終わったのは1979年。その後、東アジアで戦争(Hot wor)は起きていない。

想像してみよう。キング牧師やジョンの想像は、

実現できただろうか。

想像してみよう。利用者さんに介護目標を聞く前に、

利用者さんがどうやって生きてきたのかを。

想像してみよう。自分の想像が本当に実現するのなら、自分は何を願うだろう。

★ご存じですか?「生活扶助費」が10月から削減されます。

生活保護受給者に支給される「生活扶助費」が今年の10月に段階的に削減されます。国費分で最終的に5%削減し(3/4が国、1/4が自治体)、受給世帯の67%が減額となります。生活保護とは、働けないなどの事情があり財産等も無く、生活扶助基準額を下回る収入しか無い場合は、生活扶助基準額との差額を生活扶助費として支給する制度です。生活保護受給世帯の内訳は、51%が高齢者、傷病・障害世帯が26%、母子世帯が6%で、これらで約83%です。私たちの仕事と大きく関わる上に、私たちもいつ必要になってもおかしくない大切な制度です。

生活扶助費の支給水準(生活扶助基準)は5年に一度見直されることとなっていますが、今回の見直しで、一般低所得世帯と生活費(消費支出)が均衡するように計算される事になりました。(一般低所得世帯は、生活保護を受けていない世帯で年収が下位10%の層。生活扶助基準以下であるにもかかわらず生活保護を受給していない世帯も含まれる。)今回の減額は昨年の12月に方針が示されたものですが、当初は最大で13.7%の減額が試算されていました。13.7%の試算の意味するところは、政府の主張する“景気回復”とは程遠い、低所得者の“貧困”が拡大しているという現実です。

支給基準を貧困層に合わせてしまえば、貧困が拡大してしまわないか? その通りで、国連人権理事会は、2018年5月24日に今回の見直しに対して「高齢者の貧困と社会的排除により、またも多くの人々が声を上げられないまま苦しむことになろう。これらの政策が修正されなければ、貧困に最も影響を受けやすい人々、特に女性の高齢者、女性世帯主世帯、女性の障害者などを傷つけるだろう」と、日本政府に見直しを求める声明を出しました。国連の専門家は、今回の方式では日本はますます多くの人々を貧困に陥れることになるため、国際義務に基づき生活扶助費の引き下げについて人権の観点から包括的な評価を行い、負の影響を緩和するための必要な対策を講じるよう要請しています。

世間の一部には「生活保護は働きもせず税金で暮らしている」という差別・デマまがいのバッシングがありますが、それらを見過ごしているうちに「社会保障費なんて削減されて当然」「介護も福祉も自己責任で」という風潮が拡大していきます。正しく理解したいところです。社会保障は基本的人権の一つで、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と憲法第二十五条に“生存権”として規定されています。

生活扶助基準の引き下げと算定方法の変更は“中間層”にも関わる問題です。年金制度や社会手当制度の給付額は生活扶助基準を算定基礎にしているため、社会保障制度全体の切り下げになるのです。行政サービスの自己負担の減免や減額の基準もそうですし、最低賃金額も生活扶助基準が参考にされています。生活扶助費は「最低限度の生活」を営むために必要とされる額ですから、世の中の様々な尺度が「最低限度」を基準にしていくと、“中間層”も「最低限度」の方へと追いやられていく事になりかねないのです。しかも今回、「最低限度」の生活扶助基準を、生活保護を受けていない“最低限度以下”を基準にして切り下げてしまったのです。現在、生活保護世帯は164万世帯ですが、現実には約800万世帯が生活扶助水準以下の収入で生活保護を利用せずに生活しています。捕捉率は15~30%と言われており、この低さは国の責任です。その上に受給者バッシングが重なれば困窮しながらも支援を受けようとしない最低限度以下の層がますます増え、その貧困層の消費支出と連動した生活扶助基準はますます引き下げられ、セーフティーネットの機能は麻痺して社会は衰退してしまいます。そして、生活扶助基準が下がれば捕捉しなければならない保護を受けるべき世帯数が減るので、国は責任を放棄できてしまうのです。このような制度の在り方に、国連の専門家が「最低限の社会保障を脅かすもの」と警告を発しています。しかし日本政府は「一方的な情報に基づく発表だ」とし、加藤厚労相は「大変遺憾であり、国連人権高等弁務官事務所に対して抗議を行った」と述べています。

~~ヘルパーミーティングのお知らせ~~

【日時】 2018年 9月18日 火曜日 18:30~

梅丘の事務所内にて

★担当利用者さんの状況等・支援計画の変更の必要性の有無 ★今月の議題・伝達事項

会議参加手当(ミーティング)は1回につき1370円です。

【研修会】 関連項目 認知症及び認知症ケア研修(小泉)

(関連項目はあくまで関連であり、内容はいろいろ膨らむ予定です)


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