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平成25年6月 紙ふうせんだより (2013/12/26)

皆様、いつも有難うございます!天気予報の気になる季節になりました。傘さし運転のスリップ事故だけはくれぐれもご注意ください。大輪のあじさいが雨に光っています。つやつやした葉っぱがおいしそうに見えるのは私だけでしょうか。雨が降ったら食事して、乾いてきたら日蔭で殻に入って寝てしまう。カタツムリもいいもんだなと思ってしまいます。

 

宿をいつも背負っているカタツムリは、どこにいってもそこが我が家です。そんな心持に人間もなれたら良いのですが、なかなかそうもいかないようです。過去を懐かしんで現在をさびしく感じたり、不動産としての家にこだわって肝心の“家族”を忘れたり、家族の形にこだわってそこに心がなかったり、帰宅願望なんて言葉もありましたね。“家”に対する考え方は、人生観と密接に結びついています。日本古来の無常感には、自身の肉体やこの世での生を“仮の宿”として、過度にとらわれまいとする考え方がありました。

 

前立腺癌の方が退院されてきました。骨転移ありとの情報しかないものの、予想に反してお元気で、食事も普通に召し上がりトイレも自立されており、訪問介護サービスの提案をさえぎって「片付けをしたい」とおっしゃっていました。片付けに対する執着は強く奥様からは自分勝手に見え、奥様の疲れもありデイサービスに行って頂くことになりました。しかしデイは定着せず、訪問介護で入浴をすることになって2週目、ヘルパー到着前に車椅子から自分一人で風呂に入り、入浴後ぐったりとされていました。聞けば食欲なく水しか飲んでいないとの事。その日から数日間食事をとらず、肌は土気色になり、下痢が止まらず自分でトイレに行けなくなり、朝昼夕の身体1での訪問介護が毎日入る事になり、私たちは看取りを覚悟しました。娘さまからの「入院するか、ご飯を食べるか」の二者択一の説得があり、ご飯を食べるようになり肌にも血色が戻ってきました。ご本人にヘルパーの時間割を見せると、「ああ嬉しい、嬉しい。この日は○○さんが来てくれるのか、この日は○○さんか。これで私も紙ふうせんの仲間に入れてもらった」と時間割をなでておられました。

 

1週間ほどたって、体位変換時にも痛みを訴えられるようになり、往診の医師が入り予後1ケ月との告知がありました。このころからは夜間せん盲も強く出現し、家族は疲れを訴えるようになりました。また、告知を受け入れられずに、もっと長生きしてもらいたいという家族の葛藤がありました。本人にも混乱があり、ベット上で仕事の心配をして深夜に大声で家族を呼んだりしていました。家で看取りたいという家族の希望も揺らぐ、嵐のような時が過ぎました。

 

告別式で読み上げた挨拶文を、娘様より「ヘルパーの皆様へ」と頂戴しました。

 

「意識がなくなった最後の2日半は、水も飲まず、点滴もせず、酸素吸入もせずに持ちこたえ、最後の頑張りを母と私に見せてくれました。このとき二人とも思う存分に泣いて別れを惜しみ、父に感謝の言葉を言えたのは、私たち家族にとってとても幸せなことだったと思います。そして、6月1日午前8時50分、前立腺がんのため父は、本当に眠るように穏やかに息を引き取りました。病院に入るのを何よりもイヤがっていた父を、高齢の母と仕事を持っている私という大変頼りない戦力で自宅で看取れたことは最高の夫孝行、父孝行になったのではないかと思っています。」

 

嵐の過ぎ去った5月31日、昏睡されているなか私も朝に訪問し、担当ヘルパーと共に更衣介助・全身清拭を行いました。その時うっすらと一度、焦点は合ってはいませんでしたが眼を開けて下さいました。お昼の訪問では、もう尿も便も出ないので話かけながら髭を剃りました。夕方も見守りにヘルパーが訪問をしました。穏やかな時間が流れていました。

 

「耳は最後まで聞こえていると言いますよね」と奥様がおっしゃいました。「よくそう言いますよね」と私は答えました。「娘と二人で一日中泣いて過ごしたのよ…」

 

深いまどろみの中で、その方は人生の締めくくりに何を感じ何を見ているのだろう。タオルで目の周りを拭うと、まぶたをぎゅっとされるのです。「解りますよ、わかっているんですよね。今顔拭いているんですよ…」そう話かけました。

 

     真っ白な雪道に春風香る 私は懐かしいあの街を思い出す

     叶えたい夢もあった 変わりたい自分もいた

     今はただ懐かしいあの人を思い出す

     誰かの歌が聞こえる 誰かを励ましている

     誰かの笑顔が見える 悲しみの向こう側に

     花は 花は 花は咲く いつか生まれる君に

     花は 花は 花は咲く 私は何を残しただろう

 

この世代の多くの父と同じように仕事漬けだったその方は、また同じように照れからか感謝の言葉などはなかなか口にできないタイプだったようです。しかし、最後の2日間に、言葉では言い表せない多くのものを家族に残して逝ってくださったのでした。

 

私たち訪問介護という仕事は、自宅で最後までお世話をする事が使命です。花は咲くとその中に種を宿してやがて散っていきます。この自然の定めは人間も例外ではありません。しかし現代社会は“死”を遠ざけ、時として忘れようとさえしています。その波に抗って灯台のように立っているのが在宅介護のスタッフ達です。死にゆく過程の中で、真っ白い光に包まれる体験をし、安らぎを感じるケースが多いと臨死体験の調査報告にはあります。在宅介護のスタッフこそ、先達となって“死”からの学びを深めていく必要があります。死を忌まわしくとらえるだけでは、死と共に生じる新たな種子に気が付くことはできないでしょう。

 

訪問介護事業所として、また一人のヘルパーとして、看取りを手伝わせて頂けた事は大きな誇りです。この紙面を借りて、ご本人様・ご家族様・サービスに入って頂いたヘルパーの皆様にあらためて感謝申し上げます。

 

このような意義深い仕事に、人と人の出会いに、より多くのヘルパーさんが関われる事を念願しています。ありがとうございました。

 

(文中の詩は、作詞・岩井俊二の歌「花は咲く」です。読みやすいように一部ひらがなを漢字表記としました。)


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