【紙ふうせんブログ】

令和3年

紙ふうせんだより 7月号 (2021/09/17)

共助に応えることが自助となる
ヘルパーの皆様いつもありがとうございます。店頭でお盆のお飾りを見かけますね。
昔よりも先祖や地縁血縁が意識されなくなった現代でもお盆が続けられているのは、祖霊を迎える行事が死者のためより生者にとってより本質的な意味を持つからなのでしょう。
お盆は、生者の生きる社会的な枠組み(共同体)の成り立ちとその中での立ち位置の確認となり、
死者にさえ“先祖となって子孫繁栄を見守る”という役割が付与されるため死は虚無ではありえず、生を超越した視点から自身を振り返ることになります。
つまり、お盆によって確認される先祖や地縁血縁という「物語」は個人にもアイデンティティ(※1)を付与してきたのです。

アイデンティティは個人と社会の関係性の問題でもある
人間は社会的な動物とよく言われます。老年期の「自己統合」という課題も実は、個人の心理的過程だけではなく社会的な側面からも捉えないと片手落ちなのです。
「百科事典マイペディア」には「現代におけるアイデンティティの喪失の問題は個人と社会の不適合の現象として,社会学の研究課題となっている。また最近では,
人類学や政治学において,アイデンティティの,個人を他者との連鎖の中に位置づけ,個人を超えた想像の全体へと結びつける側面が注目され,
近代世界における〈想像の共同体〉としてのネーション(※2)やエスニシティ(※3)を,個に強固な集団的アイデンティティを付与する物語としてとらえる視点が有力となっている。」とあります。では、現代の個人のアイデンティティの確立に資する「物語」とは一体何でしょうか。人間とはどんな生き物なのか、人類史的な視点から考えてみましょう。

介護(助け合い)は人間の本質に関わる
他の生物種に比べて非力だった人類は、樹上生活から押し出され草原で生活するようになりました。
非力で慣れぬ環境ゆえに人類は群れで協働しコミュニケーション能力と道具の工夫を覚えます。
そうして生息域を拡げた人類は多数の種に分化していきますが、我々ホモ・サピエンスはその中でも一段と非力だったのです。
筋骨隆々として頑丈なネアンデルタール人はその腕力ゆえに繊細な道具を作り出さず、やがて非力なゆえに辺境の厳しい環境に適応したホモ・サピエンスに取って代わられます。
我々の先祖が厳しい環境を生き延びるために取った行動は、群れの中の“弱者”を助けるというものでした。
発掘される化石人骨には、生まれながら歩けない障害を持った人が(おそらくは介護を受け)成人になったものや、
深い傷を負いながら治療されてその後も(おそらくは介護を受け)長く生き延びた人などの例がたくさんあるのです。
もし人間が、弱い個体は死ぬに任せて放置する性質を持っていたなら、種族の命脈を繋ぐことはできなかったでしょう。他者と自己との生存を同一視する共感性こそが、
群れと自己の生存を守ったのです。群れの協働によって生存が守られる弱い個体は、結束の象徴として群れ全体に生きる希望を与えたことでしょう。
現代にいにしえを伝える古い民族には、弱い個体が選ばれて部族のシャーマンになるという例も知られています。

※1変化する環境の中で自己がさまざまな役割を演じるとき,そうしたさまざまな〈私〉を統合する変わらない自己。
※2・3 「国家や民族」と訳せる。民族や国家はそれ自体としては普遍的な妥当性を持つ実在性はないと考えられる。

 

 

共同体を維持するための知恵
文化人類学の知見では、「神話」が共同体を維持するために機能するとしており、現代の会社には創業神話・英雄伝説・ブランド神話などが見いだされることから、
民族神話と会社神話は同じ構造だと指摘しています。現代の「協働」の単位(共同体)は、会社や仕事の仲間です。
人類史的な視点で企業(共同体)の生存確率について考えるならば、社内競争を激化させて「弱い社員は去れ」というような「会社」は、滅びの道です。
まず共同体の成員の心理的安全性(※4)が守られません。そうであれば、成員の意識は他の成員よりも優位になることに集中され、
相対的な“弱者”や弱い部門が増えることを無意識的に望むようになり、それらをフォローせずに放置することになります。結果的に離職は連鎖するし、
弱い部門の崩壊が企業の命取りとなるのです。協働が機能し共同体として存続するための根本原則は「弱い成員を全体でフォローする」ことです。
「お年寄りを大切に」という教えも共同体を維持する一つの知恵なのです。では「協働」とアイデンティティについて考えてみましょう。

「やれること」に応じることは共同体の中に自己を位置付ける
働くということは「やりたいこと」と結びつけて語られることも多く、アイデンティティと深く関わります。「やりたいこと」とは、
たいていは「映画が好きだから映画を作りたい」というように、自らの欲求を出発点とします。共同体における「協働」とは複数の主体が共に力を合わせて活動することですが、
労働のイメージに「やりたいこと」(もしくは「やりたくないこと」)ばかりが主題化してしまうと、他の主体が目に入らなくなってしまいます。
それは、「他者との連鎖」の中に見いだされるアイデンティティを見失ってしまうことでもあります。
一方で「やれること」とは、自分では興味のわかない対象であっても、誰かからの「○○をやってくれる人はいませんか?」との呼びかけがあり、
「私がやります」と応じるものです。共同体の要請が無ければ「やれること」は主題化しないのです。「やれること」に応答することは、
共同体の「物語」の中に個人を位置づけることであり、物語性を獲得した個人のアイデンティティは手ごたえのある確かなものとなるのです。

「態度価値」は自分の人生物語の中に自己を位置付ける
「自分とは何か」「自分の人生に意味は有るのか」という「人生の問い」に対しては、その人が自らの態度によって生き方を示す「応答責任」があります。
私の「人生の問い」の回答者は、テレビのコメンテーターやどこそこの偉いセンセイではないのです。V・E・フランクルは人生に意味を見出せる価値として、
創造価値・体験価値・態度価値という“物語”を提示していますが、「やりたいこと」と「やれること」の対比では、創造価値や体験価値は主に「やりたいこと」に属し、
態度価値」は、どんな困難な状況でも示すことができると言われているように主に「やれること」に属します。「態度価値」の重要性は、
自己確立や自己統合など人生の全般に言えます。例えば、「人が見ていなくてもゴミを拾う」というものは、自分の人生物語の中に自己を位置付ける「態度価値」でもあるのです。
そうやって「やれること」を全部やって想像の人生物語を実現した野球選手が大谷翔平さんです。
私たちは他者と連鎖する「自分の物語」を生きています。それを確かなものとする「誰かの心への支援は、自分の心を豊かにする」という“介護物語”も確かにあると思うのです。

※4「無知、無能、ネガティブ、邪魔だと思われる可能性のある行動をしても、このチームなら大丈夫だ」と信じられるかどうか。
自分の過ちを認めたり、質問をしたり、新しいアイデアを披露したりしても、誰も自分を馬鹿にしたり罰したりしないと信じられるため、心理的安全性が高いほど協働の効果は高い。
Googleが社内研究によって明らかにして注目される。

 

紙面研修

「9マス思考」マンダラチャートの紹介

詳細は以下の記事参照

https://forbesjapan.com/articles/detail/42534

 

 

 


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