【紙ふうせんブログ】

令和3年

紙ふうせんだより 11月号 (2021/12/17)

ヘルパーの皆様いつもありがとうございます。朝晩の冷え込みが増してきましたね。くれぐれも体調にはお気をつけ下さい。11月は紙ふうせん株式会社にとって意義深い月です。後に梅丘に移転しましたが、経堂に居宅介護支援と訪問介護事業所を設立したのは2008年11月1日です。2018年11月1日には祖師谷に訪問介護を設立しました(居宅介護支援は2017年3月1日)。そして、祖師谷の訪問介護は2021年11月に千歳台に移転して業務を開始することができました。ひとえに皆様のおかげです。感謝申し上げます。

この佳節にあらためて仕事をする意味について考えたいと思います。

「働(はたら)く」とは「傍(はた)を楽(らく)に」すること

「働くとは『傍(はた)楽(らく)』だ」と、ある人が言っていました。仕事の本質を突いた言葉です。仕事の「し」は、「仕草(しぐさ)」の「し」と同じように「する」動作を表しますから、「仕事=働くこと」の最もシンプルな意味は「すること」です。人生は「食うこと」「寝ること」「遊ぶこと」など、「“しない”をすること」も含めて様々な「すること」の集合体です。数多くの「すること」の中で本当に大切なことはなんでしょう。「傍(はた)」とは「隣り」の意味です。「楽(らく)」とは「苦を楽にすること」であり、「楽しむ」こと「楽しませる」ことです。

私たちは食糧なくして生きていけませんから、「何が糧(かて)を得られるものと成り得るのか」ということは優先される「すること」の一つです。ここには、お金を得るための職業としての仕事も含まれてきます。お金を得るためには、サービス提供にせよ物品販売にせよ金融商品の取引にせよ、相手が存在しなければ成り立ちません。スーパーでお魚が買えるというサービスは、自分で漁をする苦労を楽にさせ、様々なお魚が選べるという楽しみがあります。貨幣経済では、傍(はた)と自分との間をお金が仲立ちしていますが、「傍を楽に」という本質は変わりません。

ところで働くことの目的は、自分の「お金」のためだけなのでしょうか。なるべく手間や費用をかけずに利益(お金)を最大化するべきある、という “コスパ(※1)”信仰が社会に浸透して久しいですが、それは人生に対する構えとしては適切でしょうか。

コスパで仕事選びをした場合、その人は進んで「楽」な仕事を選択するでしょう。「傍の苦」を尻目に「自分は楽で良かった」と職場内で一人安堵するかもしれませんが、それでは自分を内包する共同体は成り立たなくなってしまいます。人生の最晩年は苦労多くして介護や医療費用が嵩んできますが、コスパで老後を語るなら“早く死んだ方がマシ”となってしまいます。

そもそも「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし(※2)」というように、生きることは苦労です。苦労からは苦痛しか生じないのであれば“生まれてこない方がマシ(※3)”となってしまいかねません。そうならないように、私たちには共同体の支えが必要です。働くことの目的は、自分ではなく困っている「誰か」です。そして、何かを「すること」において最も大切な構えは、「苦」を楽しんだり楽しみに変えたりする気持ちではないでしょうか。

※1コストパフォーマンス(費用対効果)のこと。

※2徳川家康の遺訓より

※3近年生じてきた「子供を産むことは親のエゴで子どもへの暴力」だという考え。「反出生主義」とも。生きる事への無気力感や、“親ガチャ”という言葉にその影響が見られる。

 

仏教用語から考える介護

「抜苦与楽(ばっくよらく)」という仏教用語があります。「人々の苦しみを取り除き楽を与える」との意味です。抜苦与楽は釈迦が教えを説いた目的です。また、最高の悟り(真の意味での自己実現=自己超越)を開こうとする修行者(菩薩(ぼさつ))が行う修行もまた、自らが人々の苦悩を進んで引き受ける抜苦与楽の実践(菩薩行)です。これは介護の精神と同じです。「傍を楽に」するために、苦しみのあるところに私たちは赴き、利用者さんの傍(かたわ)らに寄り添います。そこに苦しみがあるから、それを取り除くために私たちは必要とされています。そして、その方と一緒に楽しみを見つけられるようにすることこそが、私たちの勤めなのです。

仏教では、「思い通りにならないこと」を嘆いたり悲しんだりするから「苦しみ」が生じてくるとしています。思い通りにならない最たるものは生老病死(しょうろうびょうし)、つまり命そのものです。生老病死に嘆きはじめたら、「すべてのものは苦しみである」(一切皆苦(いっさいかいく))という落とし穴にはまってしまいます。そこから抜け出す(解脱(げだつ)する)ためには、執着によって閉ざされてしまった心を開いていくことです。

悟りとはつまり、簡単に言い切ってしまえば、「苦しみの中から楽しみをみつけられること」なのです。苦しみを受けとめることは悟りのきっかけであり(煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)※4)、生老病死の荒波こそが自己超越の鍵(生死即涅槃(しょうじそくねはん))となるのです。

※4「即」とは「そのまま」の意、姿形は変化しないが内的な超越がある。

きっかけは自分の中にこそある

マズローの「欲求の5段階説」は、皆さんご存知のことと思います。マズローは、人間の欲求を5(プラス1)の階層として示しています。これを介護目標的に解釈していくと、下から順に、例えば「①食事やトイレ等の問題を解決する(生理的欲求)②安全に生活できる(安全欲求)③周囲の人と交流をしながら安心して生活できる(社会的欲求)④自分らしく生活できる(承認欲求)⑤自分を成長させる事ができる(自己実現欲求)」となるでしょう。



人間は欠ける事を満たしたいだけの存在ではなく、本質的には、より成長した自己を実現したいという欲求を持っているのです。自己実現とは、孔子の曰(い)う「七十にして己の欲する所に従えども矩(のり)を踰(こ)えず(心の欲するままに行動して他者や社会とぶつかることが無い)」というような、いわば利己即利他(りこそくりた)の段階です。そうやって狭い自分から解放されて「超越」へと至るのです。

自分を窮屈にしてしまう自他のこだわりや、病や老いや死へのとらわれを越えて行く鍵はどこにあるのでしょう。マズローを批判的に補完する形でアドラー(※5)は、他人からの評価を求める承認欲求ではなく「貢献感」こそが大切だと述べています。「思い通りにならない」他者からの承認(他者承認)を求め苦悩するのではなく、自発的に他者に貢献していこうとする「貢献感」を自分に認める「自己承認」こそが「尊厳欲求」を満たすのだ、という考えです。他者に働きかけてこそ自分が満たされるのですが、そのきっかけは自分の中にこそあるのです。

人間には根源的な「貢献欲求」があります。「傍を楽に」することを強く願うのであれば、そこで生じてくる「苦」は、そのまま「楽」ともなり得るのです。明日もまた働きましょう。

 

※5アルフレッド・アドラー(1870-1937)アドラー心理学の鍵は「共同体感覚」です。アドラーは、自分の利益だけ追い求めてしまう生き方(私的論理)では幸せになれない、自己への執着を他者への関心に切り替えよ、と説いています。また、共同体には究極的には自然や宇宙も含まれます。
 

紙面研修

自分の欲求について考える

平成30年4月号の紙面研修で、私(佐々木)は以下のように書いている。




【マズローの欲求五段階説】 介護業界でこの図が引用されると、介護の目的は「生理的欲求や安全欲求を満たすことから」となる。まずは、ウンチ・おしっこ・食事・睡眠という訳だ。確かに基本はそうだが、必ずしもそこからではない。物質的に甚だしく欠けているにもかかわらず、暖かな食事や布団を拒否してしまう方もいるからだ。これは精神的な欠乏や欲求(実存的な悩み)から、そうせざるを得なくなっているところもあるだろう(そうであるなら、そこからアプローチする必要がある

マズローも「より高次の欲求に移行するためには現時点の欲求が完全に満たされる必要はない」としている。欲求は低位から高位へと段階的に現れるとは限らないのだ。物質的な欲求が満たされていなくても、高位の欲求を持ち得るし、逆もある。




要するに私は、欲求の説明が階層構造化されて、高低の評価めいたものがそこに貼りけられてしまっていることが気にくわないのだ。

人間には「食うこと」「寝ること」「遊ぶこと」「認められること」「貢献すること」など様々な欲求があり、それらは皆大切なのだ。それらの欲求が、自分だけではなく他者にもあることを認めるからこそ「傍を楽に」という、他者へ思いやりが生じてくるというものだ。そうであるなら、何事においても自分の都合や思惑を先走って述べるのではなく、相手の都合や思惑をまず聞いてみることだ。それによって自分が振り回されることがあったとしても、「いくばくかの役にはたったかな」と自分で自分を認めてあげられるだろう。アドラー心理学の思想は以下の2点が特徴的だ。

他者を支配しないで生きる決心をすること

他者に関心を持って相手を援助しようとすること

イギリスのことわざでには、馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできないというものがある。人間関係で「思い通りにならない」と苦しむのは、他者を支配しようとしているからである。そしてこれは対人支援関係の肝でもある。私たちは、水が必要な人に対しては最大限の努力を持って水を運ぶ必要がある。そして、その人が水を受け取らなかったとしても嘆く必要はない。そこは適切な距離感を持って無理やり飲ませようとしてはいけないし、自分の努力が承認されなかったと嘆く必要もない。それが自発的な「貢献」であり、そんな自分の自発性を「自己承認」すればよい。

試しに欲求の種類をマトリックスで構造化してみた。



 

考えてみよう

自分には、どんな欲求があるだろう。

※各領域に入る具体的な要求は何だろう。

 

 

 


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