【紙ふうせんブログ】

令和3年

紙ふうせんだより 2月号 (2021/03/16)

心の中を日々新たに!

へルパーの皆様、いつもありがとうございます。いつもヘルパーさんには感謝しています。日頃の忙しさに皆さんとゆっくり話をする時間を作れないことも多く、伝えきれていない気持ちをここで表明させて頂いているつもりです。それにしても毎回同じ書き出しですから、変えてみる必要もまた一方ではあるんだよな、と思っています。なぜかというと、変えてみることは新しい可能性の発見につながるからです。

 

変わっていく第一歩 自分の「型」と「苦手」を知る
高齢になると「新しい物事に取り組むのが苦手」になるというのはよく聞く話です。一方で、高齢になってから生活の「型」を変えて新境地(※1)を開拓する人もいますから、一概に知力や体力の年齢による衰えとは言えないところもあります。何が「苦手」意識を生じさせているのでしょう。
人には、役割分担をしながら仕事や生活するなかで出来上がった自分の「型」というものがあります。

「型」にのっとったやり方については、誰よりも経験は豊富で上手にやる自信がありますが、反面「型」から外れることを求められると「苦手」となってしまいます。
「型」が形成されることはごく自然なことです。例えば、脳神経細胞同士の結びつき(シナプス)の数が最も多いのは幼児期ですが、認知機能や動作や思考の「型」を作ることによって脳は情報処理の効率化を行い、脳神経回路も簡素化されて10歳頃までにシナプスは半減します。

特定の分野に秀でている人はその分野に必要なシナプスの結びつきは強いと言われています。
このように必要に応じて形成された「型」ですが、「型」に合わない事は、「できない」事となってしまうのでしょうか。

そんなことはありません。例えば、怪我や病気で脳神経回路の一部が損傷しても、リハビリによって健全な細胞がシナプスを伸ばして欠けたところを補う回路が作られますから、「苦手」なことも練習によってできるようになることは事実なのです。自分の「型」と「苦手」を知ることは、自分の可能性の再発見となります。

「できない」ことと「しない」ことの取り違えに気が付く。ある利用者さんは事前情報では「歩けない」という話でした。これを鵜呑みにしてはいけません。
どうして「歩けない」のか、それを誰が言っているのか、介助があれば歩けるのか、必要な介助の度合いはどのくらいか、有効な自助具が使えれば一人でも歩けるのか、問題の分析が必要です。

結論から言うとこの方は、「歩けない」のではなく「歩かなかった」のです。夫が入院して、その状況を上手くのみこめない認知症状もあって、不安などから一人では「外出しなくなった」ようなのです。ヘルパーさんと一緒に外出し、買い物の時に自分で歩いて頂くようになってから、ほどなくして一人で外を歩いている姿を見かけるようになりました。

これは支援の重要な分岐点です。もし、「歩けない」という伝聞を鵜吞みにして利用者さんに歩いて貰わなかったら、「しない」ことが「型」となってしまい(構造化されてしまい)、やがて本当に「できない」「歩けない」となってしまうところでした。

 

「できない」と切り捨てていることは多い
“料理ができない”という話はよくありますが、本当に「できない」のでしょうか。日常生活動作(ADL)として包丁や菜箸が握れないのでしょうか。

たいていの方はそうではありません。台所に長時間立っていられないとか固い野菜が切れないなどの部分的な困難があって料理をしなくなってしまい、それを「できない」と表現しているのです。椅子に座ったら包丁を安心して握れますし、「できる」要素はたくさんあるのです。

料理の手順の組み立ても同様です。材料を目の前にして「何から始めれば…」と困ってしまう方も、「まず野菜を切りましょう」とまな板と包丁をセットすればできたりします。
自立支援は十把一絡げに「できない」と言ってはいけないのです。

これは健常者も同様です。料理や掃除や洗濯をしない夫は、ADLとして「できない」のではなく「してこなかったから」理解が浅く、これからもする気が無いから「しない」だけということは、「する」妻の側からすれば見え透いています。
私たちはいかに多くの事を「できない」と切り捨てているのではないか、ということに思い当たります。

 

“型破り”から得られる自分自身の再発見
要介護高齢期とは、今までの自分の生活の仕方の「型」が通用しなくなる時でもあります。多くの方が一度はそこで意欲の低下を経験します。
今までの生活の「型」から新しい生活の「型」に移行する中で、なぜ「しない」となったのかについては検討が必要です。

きちんとできる自信がないから、普通の人が手早くやってるのに遅い自分が恥ずかしいから、「危ないからダメ」と言われたから、やってもらった方が楽だから、などといった言葉が聞こえてきます。私たちはそのような方々に「一緒にやってみましょう」ときっかけを作り、「できるじゃないですか!」と褒めて意欲を盛り上げていく働きかけをします。

具体的には、支援の中で本人が活躍できる「型」を作ることになります。
しかしこれは、「今までと同じようにできる」という表面的な「結果」を求めているのではありません。

閉じていくのみと思われた人生にも、別の新たな可能性が開かれていると気が付いていくことに意味があります。
今までの「型」からは接点の無かったような人と出会ったり未体験の体験を通じて、経験してこなかった人生の側面を再発見すること。これは「生老病死」という命の全体性の中で、若い時には知り得ないかった「老」や「死」についての“型破りな学び”(自己統合)でもあります。

利用者さんだけが挑戦するのは“もったいない”
利用者さんにとって「自己統合」は、とても大きな挑戦となります。そのような挑戦を利用者さんにのみやって頂くのは“もったいない”と私は思っています。
利用者さんから勇気を貰って、自分の「やらない」ことを「やってみる」挑戦に変えていくこと。今までの「型」を破ること。

「我らが外なる人は壊れども 内なる人は日々に新なり(※2)」 これはある利用者さん宅に飾ってあった色紙の言葉です。90歳を超える方がしたためたそうで、そう聞くとなおさら励みになりませんか。私たちの頑張りも同時に利用者さんへの励みにもなるはずです。

 

※1 :伊能忠敬は50歳になって家業を引退し、江戸に出て19歳年下の高橋至時に弟子入りして暦学や天文学を学び、地球の大きさを測量するという夢を実現させた。世界最高精度の地図も作成している。高齢になっても挑戦することは可能である。

※2: 新約聖書に収められた書簡の一つ『コリントの信徒への手紙二』の一節。パウロがコリント教会に宛てた手紙。苦難の中の慰めや弱さの中の強さについてなど、教会員への励ましや感謝、教えについてなどを記している。

 


紙ふうせんだより 1月号 (2021/03/12)

はじまりのまくあけ

明けましておめでとうございます。ヘルパーの皆様、本年もどうぞよろしくお願いします。新年の幕は明けましたが、頭の幕も遅れても良いのでしっかりと開幕していきたいものです。その為にも自分自身の思いを新たにしていきましょう。

どのような生き方が幸せを感じられるのか

皆さん今年の「目標」はなんですか? 新年の抱負など何かありますか。そう問われて「ハテ何にしようか」と迷ったりはしませんか。具体的に行為や事物や数値で「目標」を示せないと、確かに気後れしてしまうものがあります。

「目標を立てて計画を実行し結果を評価する」という方法論はビジネスのみならず介護でも取り入れられています。「結果」が常に評価対象となるところから、目標や計画は「結果を得るための手段」であり「結果が全て」という風潮も出てきました。いかに速やかに「結果にコミット」するか、その為の目標や計画であるという考え方です。

しかし、結果ありきで人生の目標を立てろと言われたら、「ハテ何しようか」と困ってしまうのは当然です。人生における究極の結果は「死」です。その結果を最大限の合理性をもって得ようとするならば「早く死んだ方が良い」となってしまいます。「長生きしたくない、長生きは迷惑をかける」という後ろめたい感情が生じてくるのは、「いくら頑張ってみたところでどうせ死ぬんだから」という気持ちもあるのではないでしょうか。

何かの「結果」を得るための支援ではなく、「過程」に関わる

確かにビジネスなどの分野においては、計画は行為や事物や数値等をできるだけ具体的に検討した方が良いでしょう。「事業を拡大させたい」というのも悪くありません。しかし事業拡大のみを「目標」として悪徳商法に手を染めブラック企業となってしまっては意味がありません。事業で拡大したのは「人の幸福なのか不幸なのか」が大問題だからです。このように考えていくと、「目標」を立てる視点には「どのような生き方が人を幸せにするのか」という人生観が関わってきます。お金も同じです。お金の持つ価値の本質は「交換価値」ですが、お金と何かを交換して「自分は何が得たいのか」というところが問われてくるのです。

私たちの取り組んでいる介護の仕事は、必ず入院や入所や死去などの別れという結果がやってきます。「死ぬのがわかっているんだから頑張って生きるのを支えなくても…」と考えてしまうと、末期癌の疼痛に苦しむ人への支援などは辛くなってきます。私たちの目標は、死ぬまでの間に「どのように過ごすのか」という「過程」に「どのように関わるか」なのです。

若返りさせられないケアや効果の上がらないリハビリは無意味でしょうか。そんなことはありません。ケアやリハビリは人と人を結ぶ接点です。それらを通じて人と人が交歓(こうかん)できることに価値があります。交歓とは「互いにうちとけあって楽しむこと」です。たとえ孤独な人生だったとしても、最晩年に出会った誰かと打ち解け合うことが出来れば、今までの辛さが誰かからの優しさを感じる喜びに変り、寂しかった心も死ぬ前に癒されるのです。

介護の価値の本質は「交歓価値」にある

やがて死にゆく人に健康や生活上の世話をすることの目的は、「長生させる為」にあるのではないことはもはや明確です。本人の意思や気持ちを無視して「安全のため」「健康のため」と、本人の意欲や楽しみを奪ってしまっては、何の為の誰の為の介護なのか解らなくなります。介護の目的はQOL(クオリティ・オブ・ライフ)すなわち、命や生きている価値をあらためて実感することです。人は、独りでは生まれることも育つことも死ぬこともできません。人は、人の助けが無ければ存在できないのです。

ならば、人の助けを借りることがどうして悪い事なのでしょう。人生の最晩年にあって人の助けが必要となってくることは、むしろ恩寵(おんちょう)となり得ます。成人として一丁前の人間のつもりで生きてきた時間が長く続く中で、人は時々「生かされている自分」を忘れ「自分だけで生きている」ような自分優先の気持ちになります。そうして例えば、政治や権力などの腐敗を見ても「皆やってるよ。人間は皆自分が一番大事なんだ。そんなもんだろ?」と、エゴイストであることが当然の様になってしまいます。そのような時、自分の思い通りにならない困難さとそれを支える人間関係が生じてくることは、「自分だけで生きている」のではない命の在り様の再発見となります。

人生の最晩年の目標は「自己統合」にあります。自己統合とはとどのつまり、忘れてしまったもう一つの側面の「生かされている自分」を思い出すことにあります。そうやって、自分だけで生きてきた自分と生かされてきた自分を統合し、「生かされてきた命を自分なりに精一杯生きてきた」と感じられれば、生と死を肯定できるようになります。このような感情は、ヘルプを必要とする者とヘルプをする者との交歓から生じるものです。必要なのは、今この瞬間を利用者さんと共に「互いにうちとけあって楽しむこと」、これが介護の本質的な価値なのです。

助けてもらっているのは介護者の方?

「生かし生かされる」という生命存在の本質から考えると、本当は助けて貰っているのは利用者さんよりも私たちヘルパーの方ではないでしょうか。この仕事は「生かされているお陰で、誰かの役に立つことができた自分」をいつも感じる事ができるのですから。

私が書いている今回の文章も、実は利用者さんの助けによるものです。というのも、この論考はある利用者さんが詠んだ短歌からアイデアを頂いたのです。その短歌はとても味わい深く、いずれまた皆さんと味わってみたいと思っていますが、今日はご紹介だけに留めます。

もう一度若返らせてやると言われても ハテ何しようか神様いじわる

私たちは、死が決定している命を生かされています。そして、生かされているのに「何の為に生きているのか」は、いじわるなのか誰も教えてはくれません。それは、命を精一杯生きてみて自分の人生をかけて、自分なりに掴み取るしかないのです。

 

※コロナ感染拡大予防をお願いします。風邪症状がある場合は原則出勤停止です。

 

 

 

新型コロナウイルスに係る休業等が余儀なくされた場合の

公的な支援内容について以下にまとめました

 



 

 

 

 

※個人申請の公的支援は、有給休暇を含め事業者から休業補償を受けた場合は、申請できません。

(但し、世田谷区の傷病手当の場合は、給与減額でも補償対象となる場合があるようです)

 

「新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金」

コールセンター 0120-221-276 月~金 8:30~20:00 / 土日祝 8:30~17:15

・令和2年4⽉1⽇から令和3年2⽉28日までの間に、事業主の指示により休業した中小事業主の労働者

・その休業に対する賃⾦(休業⼿当)を受けることができない⽅→申請期限:令和3年5⽉31日(月)

①支給申請書、②支給要件確認書、③本人確認書類(免許証の写しなど)、④振込先口座確認書類

(キャッシュカードの写しなど)、⑤休業前および休業中の賃⾦額を確認できる書類

申請方法はWebか郵送です。(郵送先):〒600ー8799 ⽇本郵便株式会社 京都中央郵便局留置

厚⽣労働省 新型コロナウイルス感染症対応休業⽀援⾦・給付⾦担当 ⾏

★日々雇用、登録型派遣、いわゆるシフト制の労働者などについて

これらの方についても、休業前の就労の実態や、下記のケースなどを踏まえ、申請対象期間に事業主が休業させたことについて労使の認識が一致した上で支給要件確認書を作成していただければ、休業支援金・給付金の対象となります。(厚労省)

→労働条件通知書に「週○日勤務」などの具体的な勤務日の記載がある、申請対象月のシフト表が出てい るといった場合

→給与明細等により、6か月以上の間、原則として月4日以上の勤務がある事実が確認可能で、かつ、事業主に対して、新型コロナウイルス感染症の影響がなければ申請対象月において同様の

勤務を続けさせていた意向が確認できる場合

 

 

傷病手当(個人で健康保険組合や居住自治体に申請)

・業務外の病気やけがで療養中であること

・労務不能であること(仕事に就くことができないこと)

・連続する3日間を含み4日以上仕事を休んでいること

・休職期間に給与の支払いがないこと

《国民健康保険》世田谷区の場合の条件(世田谷区役所国保・年金課保険給付係)

  1. 新型コロナウイルス感染症に感染した、または発熱等の症状があり感染が疑われ療養のため労務に服することができなかった。(事業者による自宅待機命令は含まない)
 


2021年4月
« 3月    
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  
  • 求人情報
  • 紙ふうせんブログ
  • リンク集
  • 資格取得支援制度

運営法人:紙ふうせん株式会社

紙ふうせん

住所:〒154-0022
東京都世田谷区梅丘1-13-4
朝日プラザ梅ヶ丘202(MAP

TEL:03-5426-2831
TEL:03-5426-2832
FAX:03-3706-7601

QRコード 

アルバイト募集情報


ヘルパー募集(初心者) 
ヘルパー募集(経験者)