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平成26年5月 紙ふうせんだより (2014/06/16)

ヘルパーの皆様いつもありがとうございます。5月3日は憲法記念日です。

これから引用する文は、著作兼発行者「文部省」として発行した日本国政府による公式の「新憲法」解説で、学校生徒児童を主対象に広く配布されたものです。利用者さんの中には、学校の授業でこれを学んだ経験のある方もいるでしょう。長文ですが読んで下さい。

 

~あたらしい憲法のはなし~

 みなさん、あたらしい憲法ができました。そうして昭和二十二年五月三日から、私たち日本國民は、この憲法を守ってゆくことになりました。このあたらしい憲法をこしらえるために、たくさんの人々が、たいへん苦心をなさいました。ところでみなさんは、憲法というものはどんなものかごぞんじですか。じぶんの身にかゝわりのないことのようにおもっている人はないでしょうか。もしそうならば、それは大きなまちがいです。atarasikenpo2[1]

 (中略)もしみなさんの家の柱がなくなったとしたらどうでしょう。家はたちまちたおれてしまうでしょう。いま國を家にたとえると、ちょうど柱にあたるものが憲法です。もし憲法がなければ、國の中におゝぜいの人がいても、どうして國を治めてゆくかということがわかりません。それでどこの國でも、憲法をいちばん大事な規則として、これをたいせつに守ってゆくのです。國でいちばん大事な規則は、いいかえれば、いちばん高い位にある規則ですから、これを國の「最高法規」というのです。

 ところがこの憲法には、いまおはなししたように、國の仕事のやりかたのほかに、もう一つ大事なことが書いてあるのです。それは國民の権利のことです。

 (中略)みなさんは日本國民のうちのひとりです。國民のひとりひとりが、かしこくなり、強くならなければ、國民ぜんたいがかしこく、また、強くなれません。國の力のもとは、ひとりひとりの國民にあります。そこで國は、この國民のひとりひとりの力をはっきりとみとめて、しっかりと守ってゆくのです。そのために、國民のひとりひとりに、いろいろ大事な権利があることを、憲法できめているのです。この國民の大事な権利のことを「基本的人権」というのです。これも憲法の中に書いてあるのです。

  (中略)このほかにまた憲法は、その必要により、いろいろのことをきめることがあります。こんどの憲法にも、あとでおはなしするように、これからは戦争をけっしてしないという、たいせつなことがきめられています。

 これまであった憲法は、明治二十二年(1889)にできたもので、これは明治天皇がおつくりになって、國民にあたえられたものです。しかし、こんどのあたらしい憲法は、日本國民がじぶんでつくったもので、日本國民ぜんたいの意見で、自由につくられたものであります。この國民ぜんたいの意見を知るために、昭和二十一年四月十日に総選挙が行われ、あたらしい國民の代表がえらばれて、その人々がこの憲法をつくったのです。それで、あたらしい憲法は、國民ぜんたいでつくったということになるのです。

 みなさんも日本國民のひとりです。そうすれば、この憲法は、みなさんのつくったものです。みなさんは、じぶんでつくったものを、大事になさるでしょう。こんどの憲法は、みなさんをふくめた國民ぜんたいのつくったものであり、國でいちばん大事な規則であるとするならば、みなさんは、國民のひとりとして、しっかりとこの憲法を守ってゆかなければなりません。そのためには、まずこの憲法に、どういうことが書いてあるかを、はっきりと知らなければなりません。
(中略)こんどの憲法は、第一條から第百三條まであります。そうしてそのほかに、前書が、いちばんはじめにつけてあります。これを「前文」といいます。 atarasikenpo14[1]
この前文には、だれがこの憲法をつくったかということや、どんな考えでこの憲法の規則ができているかということなどが記されています。この前文というものは、二つのはたらきをするのです。その一つは、みなさんが憲法をよんで、その意味を知ろうとするときに、手びきになることです。つまりこんどの憲法は、この前文に記されたような考えからできたものですから、前文にある考えと、ちがったふうに考えてはならないということです。もう一つのはたらきは、これからさき、この憲法をかえるときに、この前文に記された考え方と、ちがうようなかえかたをしてはならないということです。

   それなら、この前文の考えというのはなんでしょう。いちばん大事な考えが三つあります。それは、「民主主義」と「國際平和主義」と「主権在民主義」です。「主義」という言葉をつかうと、なんだかむずかしくきこえますけれども、少しもむずかしく考えることはありません。主義というのは、正しいと思う、もののやりかたのことです。それでみなさんは、この三つのことを知らなければなりません。(引用終了)

法治国家では、政策などは全て法律に基づいています。その法律は憲法に基づいています。訪問介護サービスも、介護保険法に基づいています。私達のサービスが、介護保険法に基づいているかどうかの根拠(エビデンス)は、居宅サービス計画書や訪問介護計画書になります。だからこの2つの書類がないと、介護保険の根拠が無くなるので、絶対に不可欠の書類なのです。では、皆さんに質問です。利用者さんが体調不良な様子で、訪問介護計画に無い内容のサービスを依頼してきたが、計画に無いので断った。この対応は○か×か?

答えは×です。体調不良な状態で対応しないのは憲法で定める「基本的人権」に反する恐れがあるのです。このような時は、お手数でも一度事業所にお電話下さい。例えば施設等でありがちですが、嫌がる利用者を無理やり介護手順どうりに“援助”したというような時も、高齢者虐待防止法を持ち出す以前に基本的人権の尊重に反する事になるのです。このように憲法とは法律よりも上位にあり、法律の根拠になるものが憲法です。
さて、ジブリ映画の「風立ちぬ」を彷彿とさせる利用者さんが居ました。その方は東大航空原動機研出身で、戦時中はB29よりも上空を飛べるジェットエンジンの開発をされていました。B29は高度9,000メートルを飛翔でき、日本の戦闘機はその高度に到達できないので、されるがままに日本は空襲を受けていました。新型戦闘機は完成せず、その方は日本の女性や子供の命を救おうと特攻作戦に志願し、昭和20年9月に出撃予定でしたが敗戦で生き残り、昨年90歳で天寿を全うされました。

その方の奥様は学習院出身でフルブライト留学をされた方ですが、先日「アメリカの押し付け憲法だなんて言っている人がいるけど、あれは日本人が苦労して作ったんです。私の父の知り合いの高野さんや鈴木さんなど何人もの人が、憲法草案に携わっています」とおっしゃっていました。この頃、官民で多くの憲法草案が研究・発表されており、高野岩三郎(元東大学経済学部教授)によって民間の立場からの憲法制定の準備・研究を目的として結成された「憲法研究会」の草案が、GHQ憲法草案の原型となった事は有名な話です。

このような話を聞ける事も介護の楽しみの一つですね。
憲法は最高法規ですから、憲法の精神に反する“解釈”が「閣議決定」という国民の判断を経ない独断で決定される事などは、民主主義に反し違憲であると付言しておきましょう。私達も、介護手順を見て利用者さんを見ないような本末転倒や、介護保険法を重視して憲法の基本的人権をおろそかにすることのないようにしていきたいものです。
最近、日本の一主婦の申請により、日本国憲法第9条はノーベル平和賞にノミネートされました。受賞候補者は日本国民だそうです。思えば先の大戦では日本国民は大変な苦労と犠牲を強いられました。大日本帝国憲法では国民を「臣民」と呼び、「君主の従属者」(家来)としていました。国家(天皇)の決めた事に反対するには、死ぬような覚悟を持たないとできませんでしたし、事実多くの反戦平和主義者が特高警察の拷問にかけられて亡くなっています。また、戦死や戦災死の数は日本だけでも300万人を超すと言われています。そのような血の犠牲があったからこそ成立した新憲法だと考えると、その重みは日本民族の命の重みそのものだと思われてきます。

現代社会は、“命”との深いふれあいが薄れつつあるように思われます。そのような時、介護の仕事を通じて感じられる一人一人の存在の重さを噛みしめて、身近な誰かに伝えていく事も大切だと思います。

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(参考資料)新しい憲法のはなし 文部省著作兼発行昭和二十二年(1947)八月二日
六 戦争の放棄

 みなさんの中には、こんどの戦争に、おとうさんやにいさんを送りだされた人も多いでしょう。ごぶじにおかえりになったでしょうか。それともとうとうおかえりにならなかったでしょうか。また、くうしゅうで、家やうちの人を、なくされた人も多いでしょう。いまやっと戦争はおわりました。二度とこんなおそろしい、かなしい思いをしたくないと思いませんか。こんな戦争をして、日本の國はどんな利益があったでしょうか。何もありません。たゞ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。戦争は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことです。だから、こんどの戦争をしかけた國には、大きな責任があるといわなければなりません。このまえの世界戦争(筆者注 第一次世界大戦)のあとでも、もう戦争は二度とやるまいと、多くの國々ではいろいろ考えましたが、またこんな大戦争をおこしてしまったのは、まことに残念なことではありませんか。atarasikenpo7[1]

 そこでこんどの憲法では、日本の國が、けっして二度と戦争をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戦力の放棄といいます。「放棄」とは「すててしまう」ということです。しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの國よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。

 もう一つは、よその國と争いごとがおこったとき、けっして戦争によって、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとおそうとしないということをきめたのです。おだやかにそうだんをして、きまりをつけようというのです。なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、じぶんの國をほろぼすようなはめになるからです。また、戦争とまでゆかずとも、國の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことにきめたのです。これを戦争の放棄というのです。そうしてよその國となかよくして、世界中の國が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の國は、さかえてゆけるのです。

 みなさん、あのおそろしい戦争が、二度とおこらないように、また戦争を二度とおこさないようにいたしましょう。
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戦争の悲惨さは、利用者の皆様は、言葉少なくしか語ってはくれません。

 一つは思い出したくない事であったりするからです。例えばある男性利用者は、中国に出征中に長男が病死してしまい、戦時中の事は話したくない話題となっていました。もう一つは、若い世代が、戦時中の事をあまりに知らなすぎるので、語るだけ悲しくなるからです。時代は変わってしまったんだなあ…と人知れず思われるのです。

こんなに悔しい事は無い、と私は思います。(文責:佐々木伸孝)


平成26年4月 紙ふうせんだより (2014/05/13)

ヘルパーの皆様いつもありがとうございます。

五月の風は心地良いですね。花が揺れ心も軽くなります。でも新学期・新年度での新人さんには、“五月病”なんて言葉もあり、ここらあたりが正念場です。
 
新しい環境や状況に慣れていくために、最も気を使うのが新しい人間関係です。どんな人でも思うのは、「自分を受け入れてもらいたい」という事です。その為に人がとる態度は大きく分けて2つあります。「自分を抑えて周囲に合わせる」か「自分を周囲にアピールして理解してもらう」のどちらかです。しかしそれらの態度の偏りが強いと、後々大変になってしまいます。前者は、自分を抑えすぎて耐えかねて暴発という事もありうるし、自分を殺しきってしまうと自分で自分を見下してしまったりします。後者は、過剰にアピールしすぎて周囲から反感を買い孤立したり、旺盛なサービス精神や過大な自己PRに自分自身がついて行けなくなり疲れ果ててしまうという事もあります。
 

個人と周囲との関係について、2つの態度があると分析心理学の創設者のユングは「タイプ論」で示しています。「内向的」態度の人間の興味の対象は“自分の気持ち”であり、周囲との関わりが確立していない状態では、自分の気持ちを守るために概して消極的になるようです。周囲からの理解は低いのですが本人は気にしていません。自己評価は、自分で自分の生き方を守れているかにあり、どちらかというと高く、マイペースで頑固ではあるが他人に振り回されないので(但し他人に対する配慮に欠ける)打たれ強い面も持っています。一方で、「外向的」態度の人間は、興味の対象は“周囲の人”や物にあり、流行に敏感で、新しい環境では自分を積極的に売り込みます。自己評価は、自分が周囲の人から“価値がある”と思ってもらえているかにあり、実際に仕事など周囲との関わり合いは積極的です。しかし、外面を良くするあまりに無自覚なストレスを内に抱え込み、他人に対する過剰配慮から自分の本当の気持ちがわからなくなってしまったり、他者から低い評価を突き付けられて落ち込んでしまったりします。
 

現代社会では、何事も積極性が尊ばれるので外向的な人が増えているように思われますが、その弊害として、内向的な子供が外向的になるように矯正され自信を失い自己評価を自分で最低にしてしまったり、外向性ばかりを発展させてしまい燃え尽きてしまったり、周囲からの評価ばかりを気にして自分の中は虚ろであるような人が見受けられます。
 

さて、人間関係のトラブルが起きた時の自己防衛の一番最後の手段は“関係を断つ”事です。友人であれば絶交であり会社であれば退職です。このようにならないためには、どうしたらよいのでしょうか。一つは、自分の態度の癖を知る事であり、態度の偏りを修正していく事です。また、同時に異なる態度の人間からは、物事の見え方が全然違うという事も知っておいた方がよいでしょう。内向的な人間から外向的な人間がどう見えるかと言えば、せわしなくて騒がしくて軽くて薄っぺらで自分を持っていないと映りますし、その逆は、のろまでノリが悪く暗くて付き合いが悪くて理解不能で配慮不足で自分勝手と映ります。

人間関係のトラブルの要因の一つは、内向性と外向性の相互の無理解にあるとも言えます。同じ毛色を持つ者同士はお互いの理解が早く楽な関係ではあるが、そればかりを求めていると、自分の中に潜在している異なる側面の開発を置き去りにしてしまいます。“関係を断つ”という事は、自分自身の可能性を殺す事でもあります。ユングは、物事が偏った方向ばかりに進むと、それを補うかたちでの反動という“補償作用”という働き(無意識だったり出会いであったり事件だったり)が現れると言っています。どうしても反発したくなる人や出来事に遭遇した場合には、それが自分自身にとっての「補償」になるのではないかと考えてみる事も大切です。“相性”の問題を簡単に片づけてしまうと損をするのは自分自身なのです。
 

これらは、対人援助でも言える事です。対人援助で一番避けなければならない事は、援助関係を断つ事にあります。クライアントの希望だからといって援助関係を断ってしまうと、クライアントはその場は気持ちが楽になりますが、偏った心の在り方を拡げていく機会の喪失になるばかりか、クライアントに内在する元来の問題から目を背ける事にもなりかねません。そして、援助関係の後退は自身の失敗体験となり、クライアントの心のバランスをさらに悪くしてしまう場合もあるのです。
 

そもそも、人間関係のトラブルが発生するのは状況に変化があったからであり、変化への対応(適応)としてトラブルが発生するものと考えられます。トラブルは新しい状況に慣れていく過程であるし、その過程を通じて自分自身の人間的成長やより良いコミュニケーションを再構築するために必要な事だと肯定的に捉えていけば、トラブルの発生は恐れる事ではありません。むしろ、常に起こりうる事だと覚悟していくなかで、ぶれない対人援助ができるのです。援助者がぶれない事によって、ふらつきのあるクライアントを安定させる事ができるのです。
 

ヘルパーの皆様は、利用者さんから過大な期待を背負わされたり、やり場のない怒りのはけ口になったりと、いつもご苦労されていますね。本人の周囲を含めた全体状況の不備や不満への、矛先としてヘルパーさんが標的になってしまうのもしばしばです。そんなヘルパーの皆様を支えていく事が事業所の重大な使命と考えていますので、困った事があったら何でも相談しにきてください。本当にいつもありがとうございます。


平成26年3月 紙ふうせんだより (2014/04/23)

     ひかる

     わたしは だんだん

     わからないことが多くなる

 

     わからないことばかりになり

     さらに わからなくなり

     ついに

     ひかる とは これか と

     はじめてのように 知る

 

     花は

     こんなに ひかるのか と

     思う

 

これは、童話作家・工藤直子の『てつがくのライオン』からの引用です。

この児童文学の詩を、成長過程での子供の心という風に読んでいくと興味深い。例えば子供が学校で「昆虫の脚は6本です」と学んだとしよう。“勉強”のできる子は「6本ね」と暗記して、次の新しい知識を覚えるのに忙しい。しかし、勉強のできない子は、「なんで6本なんだろう」とか「人間は2本足なんだけどどうして違うの?」とか「6本もあるとどうやって動かしているんだろう、大変そうだ」とかいろいろ考えていく。「ムカデは何本なんですか?」なんて質問しようもんなら「今はムカデの話なんかしていません」と怒られてしまう。膨らんだいろいろな謎に、頭がいっぱいになって先生の言葉が耳に入らなくなる。「どうしていろんな生き物がいるんだろう」とか「なんで生きているんだろう」など、どんどんわからなくなってくる。考えれば考えるほど、どんどんわからなくなって、今度は親に質問すると、変な子だと思われてしまったりする。

 

しかし大人は子供のようには考えない。知識を増やす事は“わかる”という事だと考えている。だから、大人は子供よりも世の中の事を解っていると、大人は思っている。子供を育てる事は、“正しい知識”を教え込む事だと信じて疑わない大人もいる。

 

しかたがないので子供は大人に聞くのをやめてしまう。「このお花なあに?」と聞いても、名前は教えてくれるけど、どうしてお花はお花なのかは、大人は誰も教えてくれないから。だから、一人心の中で子供は花とお話しをする。なんで咲いているの?どうしてお花なの?なおも花を見ているうちに、ぱっと気が付く。「花はひかっているんだ。ひかりたいんだ!」それは自分だけが見つけたないしょの答えだ。子供は自分だけの秘密を胸に、その眼を輝かせる。自分の心の中に秘密の花が咲いている間は、自分は頑張れると思う。自分も花のようにひかりたいと思う。そして思う。成長すると、きっと、もっともっとわからない事が増えるんだな。簡単に解ったふりをしてしまっては面白くないな。と。

 

ところで、「ひかる」を認知症高齢者の詩として読んでみるとどうだろう。これも素晴らしく面白い。

 

認知症になると、大脳新皮質(合理的で分析的な思考や、言語機能をつかさどる)は、委縮してゆくが、大脳辺縁系(情動の表出、食欲、性欲、睡眠欲、などの本能や喜怒哀楽などの情緒をつかさどっている)は比較的保たれていると言われている。

 

「ひかる」では、今まで何度も見てきた花を今初めてのように“ひかる”と感じて驚いた上に、“ひかる”という言葉は知っていたけど、本当の“ひかる”はこんな事だったんだとさらに発見し感嘆して花を見ている。どうしてこのような発見ができたのかと言えば、「わからないことが多く」なったからである。これは、言語的思考での“知る”は単なる知識的理解に過ぎないが、言語的思考を離れたところに本当の“知る”が立ち現われてくる事を表している。この瞬間、未来も過去も刹那に収まり、全ての不安が霧のように去り、全てが手に取れるような輝きを放ち、透明な心に沁み込み満ちてゆく。

 

     みえる

     ナスもトマトも机もペンも

     みな元気でやっているような

     朝がある

 

     風景が透きとおり

     ナスやトマトや机やペンが

     見えすぎる朝である

 

     みえすぎて

     驚いてとびのく朝である

 

     ものたちはおそらく太古から

     わたしは ひょっとして今まで

     目を閉じつつけていたのではなかろうか

     と思われる朝である

 

 

この詩も同じ著作からの引用だ。

「ひかる」や「みえる」のように、存在の本質に触れるような感触を得た時、人は、自分自身が永遠の中に位置づけられるような、深い安定した気持ちを得る。存在の根源に迫ろうとする時、言語的思考はかえって妨げになる。禅が「無念夢想」を強調するのはそのためだ。言語的思考の束縛から解放され、わからないことが多くなる認知症も、決して悪くないと言っても良いのではないか、と思われる春である。

 

桜の花はどんな風に咲いているのだろう。風にそよぐ様はどうだろう。花びらの形はどんなだったろう。ミツバチは来るだろうか。雀も来るだろうか。蝶は飛んでいるだろうか。

幹のごつごつした風格は何だろう。そんな事を考えながら、でも頭を働かせる事は辞めて、心を働かせよう。ただ、感じる事に集中しよう。頭の声よりも、もっともっと小さい心の声が聞こえてきたら、今度は花の声も聴いてみよう。花の声が聞こえてきたら、花の魂は見えるだろうか。でも、形に捕らわれていたら、本当の姿は見えてこないのかもしれない。心を空っぽにしてただ花を見て、ただそこに居ることを感じていく。私の体に風が吹き込んだ時、風に吹かれて揺れている、何かひかっているのものが見えてくるかもしれません。


平成26年2月 紙ふうせんだより (2014/04/23)

まもなく3月11日です。3年という節目です。今、紙ふうせんにおられるヘルパーの皆様は、3年前もヘルパーをされていました。今、皆様が社会情勢の変化や体のガタにもひるむ事なく、ヘルパーを継続されている事は、とても素晴らしく立派です。皆様はこの3年間はどんな想いを越えてこられたでしょうか。

 

私は、あの日とその後に報道され続ける惨状に「これで日本が変らなかったらウソだ。どれだけ多くの人が生の営みを強引に絶たれたり、改変を余儀なくされたのにもかかわらず自分がのうのうと生き、その後の自分は“何も変わらなかった”では済まされない。自分自身も変わらなかったらウソだ」と思ってきました。「変わる」と言えば、かつては原発推進論者であった事を問われた小泉元総理が、「人間は変わるものです」と言っていましたね。

 

私達が関わっている要介護高齢者や認知症の方々なども、人生の変化を余儀なくされています。彼らは、時に変化を拒み悪あがきし、私達もそれに振り回されます。私達は、時に俳優となりピエロとなり、歯噛みしながら踊らされたり空回りしながら、彼らの生き抜いてきた城であり舞台である自宅にあがり、人生劇場の重要な登場人物となっていくのです。

 

それらをちょっと遠くから眺めてみましょう。設定はカンフー映画としましょう。ある若者が強くなりたくて、仙人のような(半分死にかけたような)老師の元へ、弟子入りを志願します。はじめは相手にされませんが、どうやら日々老師の元へ通う事は構わないようです。しかし老師は若者を小馬鹿にし、からかい嘲ります。若者はムキになって老師を追いかけますが、したたかな老師はなかなか捕まえられません。こんな事では修行にならないし、何も始まっていないと若者が思っているうちに、いつの間にか若者は強くなっていました。振り回され追いかけるうちに、若者は成長していたのです。このようなイメージが湧き上がってくるような出会いがあります。世の仕事は多かれど、他人の人生に参加させて貰えるような仕事はなかなかありません。人生の変化に私達も参加させて貰っているうちに、いつの間にか私達の心の奥底でも、変化は起こっているのです。(オチとして、実は老師はただ戯れていただけだったり、本当に呆けていただけなのかもしれませんがね。)

 

変わるという事は、二つに分けて考える事ができます。一つは、立ち位置が変化するとか移動するとか、見た目が変わるなどの水平軸の変化です。もう一つは、自分の今いる場所や環境や状況は変わらないけれど、目に見えにくいものではあるが、心が深まったというような、垂直軸の変化であり、これは深化とも呼べます。どちらが重要かといえば、垂直軸の変化でしょう。見た目は変わらないしょぼくれたままの自分ではあるが、あの日あの時から心の中に赤々とした火が燃えているという経験は、困難を乗り越えていこうとする心に起こるものです。そのような時には、周囲の景色も今までと違ったものとして瞳に映ります。

 

私達の舞台は世界ではないし金メダルも貰えませんが、人の心を舞台として最高の自分をめざして、日々自分自身を深めてまいりましょう。


平成26年1月 紙ふうせんだより (2014/04/23)

遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます!本年が皆様にとって良い年になるように、お祈り申し上げます。

 

風は未だに冷たいですが、陽ざしは温かくなってきています。ホトケノザが小さなピンクの花をゆすって愛嬌を振りまいています。実はこの草は、緑が枯れてゆく秋にひっそりと芽吹き冬を越し、他の草に先駆けて今花を咲かせるのです。いつの間にか繰り返される命の営みは、何かの指示や目標があるのでなく、ただ命の中に内在する力を自然に存分に発揮した結果なのです。ホトケノザは他の草花が咲き競う頃、種を残し枯れていきます。

 

一方、飽きずに繰り返される一年一年にどんな意味があるのだろう、と“意味”を考えてしまうのが人間です。「一年の計は元旦にあり」と、今年の目標などを書初めしてみたりするのです。その向上心が人類文明を発展させた事は言うまでもないのですが、いちはやく“意味”を掴もうとするあまりに、近視眼的になってしまう事もあります。

 

1月28日の研修では、「利用者さんと介護者の立場」や認知症の「竹内三分類」などの資料をもとに、私達の心の奥底では要介護高齢者や認知症の方に対してどのように“理解”しているのかについて話合いました。そのなかで、「人は生きたように死んでいくのよ」との意見が出ました。あえて「では、“痛いよ~苦しいよ~”と訴える方がいたら、この方は一体どんな生き方をしたんだろうと、否定的に考えてしまう事はありませんか?」と問いました。すると「みんな本当はいい人なのよ」と返ってきました。別の方も「どんな方にも、良い所を見つけていかないとやっていけないですよね」と言っていました。それらの意見には、“命”と命の営みから生じるさまざまな出来事、つまり“生老病死”全てを肯定しようとする視座がありました。

 

「目標を設定し、合理的に実行し、到達度を検証し、再度目標を立てる」というサイクルが成長の方程式であるという“思想”は介護保険制度にも採用されていますが、この思想は目標達成に対する阻害要因が現れると、それを不条理なものとして心情的に排除したくなる側面を持っています。西洋近代文明はこの思想によって爆発的に発展しましが、その代償として、“成長神話”を阻害するものとしての「老い」や「死」を、忌まわしいものと感じるようになりました。命の営みの半分を切り捨てるような思想は、“命”の本来の姿を見失い、かえって、心の病というような“不条理さ”を個人に押し付けるようになりました。

 

時々、「老いて衰えていくのを見ているのはつらい」との声が聴かれる事があります。しかし私達は、介護の経験から学んだ事、命の営みの全てを肯定する視座こそが本来“自然”なものであるという事を、このような時代だからこそ、語る価値があるのではないでしょうか。

 

もとより、ものごとの本当の“意味”とは、人間の知恵では把握しきれないものなのです。

だからこそ、どんな事でも肯定的に見ようとする視点が必要あると共に、それにとらわれないおおらかさが肝心なのです。

 

 

介護のヒントになるかもしれない『言葉』

 

『塞翁が馬』(さいおうがうま)

むかしむかし、国境の塞(とりで)の側に住むおじいさんがおりました。ある日おじいさんの飼っている馬が逃げていってしまい、村の人は「残念でしたね」とおじいさんに言いました。しかしおじいさんは「いやいや、これが福となるかもしれん」と言いました。

すると、逃げた馬が、別の立派な馬を連れて戻ってきました。村の人が「よかったですね」と言うと、おじいさんは「いやいや、これが禍になるかもしれん」と言いました。その後、おじいさんの息子が、立派な馬に乗っていると馬から落ちて足の骨を折ってしまいました。村の人が「大変でしたね」と言うと、おじいさんは「いやいや、これが福となるかもしれん」と言いました。

やがて隣の国と戦争が起こりました。村の若者は皆、兵隊として戦争に行かなくてはならなくなりましたが、おじいさんの息子は、足がまだ治ってなかった為に、戦争に行かずにすみました。そして村の若者の十人のうち九人は死んでしまうという有り様でしたが、おじいさんの息子は、助かりました。

福は禍となり、禍は福となるという変化は深淵で、見極める事はできないのである。

 

(解説)私達は、何か事は起こるとすぐに「良かった」とか「悪かった」とか決めてしまいがちですが、人生の禍福の本当の意味は簡単にわかるものではなく、それらに一喜一憂しない心が大切である。

人間(じんかん)万事塞翁が馬、人生万事塞翁が馬とも言う。

 

 


平成25年12月 紙ふうせんだより (2013/12/26)

皆様、いつも有難うございます!今年1年間、本当に有難うございました。皆様が、変わらぬ笑顔で訪問する事が、どれほど多くの方の励みとなっている事でしょう。1週間ごとのヘルパーさんの来訪を心待ちし、気が付けば1年が過ぎ、新年を迎えられるようになった…「また来年も来てね」との言葉には、積み重ねた時の重みが詰まっています。

 

新年を迎えるという事を、90年生きた人生の「90分の1」と捉えれば、大した事無いという受け止め方になります。しかし自分があと何年生きて「その何年か分の1」と捉えると、とても貴重な事です。「最後の正月かもしれないわね…」との言葉に、つい「そんな事ないですよ~お元気じゃないですか!」と答えてしまいがちですが、本人からしてみれば、現在の一つ一つの出来事の重みを噛みしめての言葉かもしれません。

 

 『一期一会』という千利休を源とする言葉は、「あなたとこうして出会っているこの時間は、二度と巡っては来ないたった一度きりのものです。だから、この一瞬を大切に思い、今出来る最高のおもてなしをしましょう」との意味です。このような精神性は、日本人に根強いものです。それは同時に、死に対する覚悟を伴います。鎌倉末期の随筆『徒然草』には、「我等が生死の到来、ただ今にもやあらん」とありますし、作家・宮本輝は「いつでも死んでみせるという覚悟を持って、うんと長生きをするのだ」と『命の器』で述べています。

 

新年とは、冬が終わり新しい春が訪れるという事です。また、暦が新しくなるという事でもあります。暦の始まりは、ナイル川の氾濫の周期性に気が付いた古代エジプトと言われていますが、以来暦は、未来を予見できるものとして考えられ、占星術や易などに深い影響を与えます。暦が新しくなる事は、運も新しくなると信じられてきました。そこには“死と再生”という象徴的な意味が込められています。お正月を祝うという事は、いわば“古い自分が死んで新しい自分が蘇る”事を、促す儀式とも言えます。

 

私達は、あとどれくらいの正月を迎える事が出来るでしょうか。今、まさに死ぬかもしれないと覚悟して、この一瞬一瞬を充実させていく事が、“生”を輝かせていく生き方となります。生と死は、その根源において一体不二のものなのです。もし、「心残りの死」というものがあるとすれば、自身の予期せぬ死に直面した時、それは、事故や災害などあらゆるところに潜んでいるのですが、心に何の準備も無かった悔しさではないでしょうか。

 

私達は、介護過程を通じて、利用者様の「死」への心の準備に立ち会います。私達も、「死」への覚悟を持ちつつ、今このサービスの一瞬に、笑顔で心地よく過ごして頂く事に、最大限、心を砕いていきたいと思います。

 

皆様、風邪などひかれぬようご自愛下さい。来年は、生まれ変わったような、脱皮したようなつもりで、またお会いしましょう。良いお年を!


平成25年11月 紙ふうせんだより (2013/12/26)

皆様、いつも有難うございます!これから年末に向けて、「ちょっとこれ…」と頼まれる事もあるかと思います。私は、①本人が一人でやるには難しい事 ②お願いできる家族がいない事 ③本人の依存心は強くなく、一度許すと何でもかんでも依頼してくる性格ではない事 ④時間内で終わり簡単にすむ事、等を確認し「本当は微妙なんです」と念を押しながら、“年末の日常生活の一環”として対応しています。お互いにすっきりと新年を迎えたいですね。

 

ご本人のできる事、可能な動作や体力を見極め、できるところはなるべくご自分で行って頂けるように促していく“自立支援”は介護の基本理念です。「依頼されたから」と何もかもプランに盛り込むのも、自立や回復を阻害する場合もあります。“促し”は時に根気が要りますが、日常生活での行動量が増えれば、日常生活がそのままリハビリになります。

 

「リハビリのためにも、自分でいろいろやりましょう」と働きかけをしても、「なかなかやってくれない」との声も聞こえてきます。リハビリの前提には、“意欲”が必用なのです。では、どうやって意欲は高まるのでしょうか。または、失われるのでしょうか。

 

介護者の都合で、さまざまな事をご本人に“禁止”しておきながら、「リハビリは自分のためだからやりなさい」と言うのは、不当な要求だと言われても仕方がありません。もっとも、「不当だ!」と声を上げる方はごく少数です。少数であるところに、実は問題があるのです。

 

「もう年だから仕方がない」とか、「子供に面倒みてもらっているんだから仕方がない」など、多くの方が言われます。確かに、それも一面の真実で、否定はできません。そのような方の状況をつぶさに見ていくと、身体能力や周辺環境からさまざまな制約が生じ、“自分らしさ”をあきらめようとして、自分自身に言い聞かせている言葉のように聞こえてくる事があります。周囲から言い聞かされている場合もあるでしょう。

 

そのような時は、その方の“社会的接点”は、どのようなものがあるのか、考えてみる事も大切です。社会的接点とは、自分の心の中だけの考えや、家族と自分だけの関係から離れて、“他人の眼”に触れる事です。自分らしさは、他者が介在して発見可能となるのです。他人の眼で自分を見つめ直してみると、「まだ自分には、こんな事ができる」「あんな人もいるのだから、自分はこんな事をしよう」など、視野が拡がってきます。訪問介護のヘルパーや、デイサービスなどが、社会的接点になる事は言うまでもありません。

 

「おいぼれた自分を他人の眼にさらしたくない」という方もいます。どうか心を開いて頂きたいと願っていますが、その為には、周囲も心を開いて見守る必要があります。アマノジャクな態度は、根底のところを肯定して欲しいという気持ちの表れなのかもしれません。

 

「おいぼれたっていいじゃないか、あなたはあなた。それは変わらない」

 

老いの受容とは、あきらめを受け入れる事ではなく、老いた自分の“肯定”なのです。


平成25年10月 紙ふうせんだより (2013/12/26)

赤や黄色の色さまざまに木々が錦に染まる秋は、人生における晩年に例えられます。

 

やがて葉が一枚一枚と散っていきます。自然も人間も大きく変わる時です。

 

腰が痛くなった。長く歩けなくなった。物忘れが多くなった…。少しずつ身体機能は低下していきます。しかし、それらを“喪失”ととらえるのは早計です。木々の紅葉は、葉にある栄養を根に送って身軽になるための冬支度です。枝に葉が残れば雪の重みで枝も折れてしまいます。そして根に栄養を蓄え、木は冬を越すのです。

 

一枚一枚葉を落とす事は、自分の“執着”や“こだわり”から離れ、無駄をそぎ落とし、精神的に純化されていく過程でもあります。自分にとってかつては大切だったものが思い出として遠のいて行き、本当に大切なものだけが残っていきます。根は地上からは目に見えません。しかし確実に蓄えられていくものがあります。それは、目に見えるものや社会的なモノサシから離れ、感性が研ぎ澄まさていくなかで得られていく心の豊かさです。

 

認知症がある方は、自分の気持ちを上手に伝える事が出来ずに、周囲からは何も解らなくなった人のように思われる事がありますが、決してそんな事はありません。防御の無いむき出しとなった感性が鋭敏になって、周囲と衝突する事もありますが、鋭敏な心ゆえに、優しい意味の言葉とは裏腹の苛立ちや、冷たい眼をしっかりと感じているのです。

 

もう子供の顔も解らなくなってしまい、時々不安な表情を浮かべているある方が、介助者と散歩をしていました。目の前を風が通り過ぎていくと、赤い葉がひらひらと落ちてきます。その光景に、にっこりと穏やかな表情を浮かべたその方は「持って帰って子供にあげるの…」と言って葉を拾い、大事そうにしまっていました。

 

心は目に見えません。簡単に評価する事はできません。だからと言って、心を粗末に扱うと、結果として自分に帰ってきます。目に見える物や社会的評価ばかりを追い求めて来た方にとっては、自分の大切なものが自分からどんどん離れていった結果として、秋は喪失の痛みだけであり、自分には何も残らなかったという残酷な冬の訪れとなる事もあります。

 

夫婦共に百歳になろうかという老夫婦宅を訪問すると、ご主人は同じ話を初めてのように語ります。「雪の降っている中、手をつないで橋を渡ったんだ…」それは結婚の申し込みをしに行った、若き日の思い出です。そして「死ぬときは一緒に死のうと約束しているんだ」といつも話をしていました。ご夫婦は家族の都合で離ればなれに施設入所となってしまい、高齢に環境の変化は耐え難かったようで、間もなくお亡くなりになってしまいました。離れた場所で、同じ日に。

 

冬、木は枯れるのではなく来春に備えて準備をしています。春の到来を待ちわびるような、春の再会を確かに予感できる、そんな冬の訪れもあるのです。


平成25年9月 紙ふうせんだより (2013/12/26)

NHK連続テレビ小説「あまちゃん」がついに最終回です。毎朝の放映を楽しみにしていたヘルパーさんやご利用者さんも多かったと思います。近年これほど人気沸騰した朝ドラはなく、インターネット上でも“あま絵”と呼ばれるイラストをファンが描いて公開するなど、社会現象になりました。なかでもクールというかモッサリというかあまり感情を表に出さない水口琢磨(松田龍平)が天野アキ(能年玲奈)の事にはムキになる様子に、恋心を刺激された女子が“ミズタク萌え”で盛り上がるなどしていました。「あまちゃん」の面白さは、登場人物の表の性格だけではなく、隠された裏面をきちんと描いている事ではないでしょうか。

 

主人公のアキちゃんは、言いたい事をいってもあまり裏がなく、個性的なキャラとして周囲から愛されます。しかし実は東京に住んでいた時は、ネクラで存在感のない平凡な子だったことを、自分でも認識しています。そのアキちゃんが北三陸に来て自分のやりたいこと“海さ潜りてぇ”を見つけてから、輝き始めます。その輝きに触発されて、学園一の美少女でお嬢様のユイちゃんも「東京でアイドルになりた~い」と叫んで二人は親友になります。何もない田舎では大人達が観光客誘致などの思惑をくすぶらせています。そこに、何十年ぶりの十代の海女さんが誕生し、ユイちゃんはミス北鉄となり、この二人を抱き合わせてのイベントを大人達は計画します。すると自信満々だったユイちゃんが臆病になってしまいます。

 

東京で平凡だった子が田舎で輝いてアイドルになったり、学園一の美少女がグレてみたり、静かな人が情熱を燃やし、家庭に君臨する高圧的な父が優しくなり、良き妻良き母を自認していた人が空虚さを感じ失踪したり…。そして結局は元の鞘に収まるのですが、その過程で登場人物の立場が逆転するなどを繰り返しつつ、それぞれが自分の生きて来られなかった一面を経験し、180度ならぬ360度の変化をして、一回り大きく成長していきます。

 

対象的なアキちゃんとユイちゃんですが、アキの母の春子(小泉今日子)と元アイドルの大女優・鈴鹿ひろ美(薬師丸ひろ子)も対照的でした。鈴鹿ひろ美は実は音痴で、その“影武者”として歌の吹き替えを担ったのが春子さんでした。鈴鹿さんが春子さんに、「歌手になれなかったあなたが結婚して子供を産んで、私のできなかったさまざまな経験をしている。私は女優一筋で、それ以外は何もして来られなかった」という趣旨の発言をした場面は印象的でした。春子さんは結果的には芸能プロダクションの社長となり、鈴鹿さんはそこの所属女優になるなど、スポットライトで照らされなかった影の存在だった人が表舞台に立っていくような、光と影が混ざり合い融合していく結末は、人生の意味深さを感じるものでした。そういえばアキちゃんも、アイドルグループ・アメ横女学園のセンターの“シャドー”を担当している時期がありましたね。

 

分析心理学では、自分自身が“自分”として自覚している以外の、自分自身が持つ可能性を“影”(シャドー)と呼んでいます。自覚している自分(自我)を表とするならば、影は、表の自分にとっては、表と対立する否定的なものとして現れてきます。例えば、普段は感情を抑制すべきと考え折り目正しくしている人が、何かをきっかけに感情を爆発させるような事があれば、その爆発は“影”が現れたとも言えます。その“影”を恐れ抑え込む努力をしたとすれば、人格は偏った平板な融通の利かないものになりかねません。むしろ、表の自分自身が持つ価値観の幅を拡ようと努力し、感情の爆発には意味や価値があると捉え、出現した“影”の自分自身を受け入れていくようにしていった時に、真の「自己」の全体性が高められていきます。「あまちゃん」の人々は各々が自身の影を経験し、時に自分の影を象徴するような人と出会って対立しながらも和解し、自身の影を表の自分と統合していったと考えられます。そこに、ドラマの起伏が生まれ奥深い味わいが生まれたのです。

 

さて、訪問介護では、利用者さんとヘルパーさんが上手くいかない事もあります。そして「相性」の問題として、仕方がないというような終わり方をする時があります。これは「相性」との一言で片づけてしまうには惜しい事だと思います。お互いの感情が逆撫でされる時、相手が自分にとっての影を象徴するような意味を持っている時があります。影は“表”にとっては受け入れがたいものですが、自我の影の側面を意識し自己の全体性の中に受け入れていく事で人格が円熟していくのですから、そのきっかけを、相手が提供してくれていると思えば、それは素敵な出会になるのです。器用に世間を渡り高学歴で高収入だった利用者さんに、真逆のヘルパーが入るというケースもあります。この出会いも、掘り下げれば双方にとって深い意義があると考えられます。

 

また、高圧的で子供を押しつぶすような父のイメージ(父に対する肯定的“強くて立派”なイメージの負の側面)を持つ利用者が、自分の父のイメージを重なり、反発心が起こってしまうこともあるでしょう。この状況を受け止めてヘルパーが乗り越えていく時に、ヘルパーの内面では心の中の負の父親像(自分の否定してきたもの=影)との和解が行われます。否定的な親イメージが母親の場合もあるでしょう。子供を「包み込み育む」肯定的な母親イメージに対して、否定的な方は「飲み込み食い物にする」というイメージを持っています。シンデレラの継母(グリムの原作では実母)が前者で、魔法使いが後者と言えます。このような事を考えると、昔から“影”や“負の側面”との出会いは、人間として自立していく上で、とても大切な意味を持っているものだと気づかされます。寄せては返す波のように感情は日々移ろいやすいものですが、否定的な感情が高ぶった時こそ、立ち止まってその意味を汲み取りたいと思います。


平成25年8月 紙ふうせんだより (2013/12/26)

皆様、いつも有難うございます!暑さに負けぬようご自愛下さい。

 

暑い日差しの中で、陽炎にかすむ街は蝉の声だけが響き、かえって静かに感じます。

 

     やがて死ぬけしきは見えず蝉の声 松尾芭蕉

 

ラジオからはおごそかな口調で、口語体の難解な言葉が聞こえます。皆一同に頭を垂れ、全神経をラジオに集中しますが、電波状態は悪くところどころ聞きとれません。

 

「耐へ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ萬世ノ爲ニ太平ヲ開カムト欲ス…」

 

誰かの押し殺した泣き声が聞こえる。むしろ、耐えがたきを耐えてきたのは今までだった。全ては勝つ為だった。それが、この上にまた耐えなければならないのか。降伏して泰平の世を開くとは、今までの聖戦や一億玉砕のかけ声は何だったのか。嗚咽がさざ波のように広がっていき、覆いかぶさるようにさらに蝉が甲高く鳴き喚めく。日本は戦争に負けてしまった。大きく口を開けた虚無の淵に立たされた人々は、立っているのがやっとだった。何を信じればよいのだろう。平和などは想像もつかなかった。それ以上に、ただただ皆疲れ果てていた。

 

68年前の8月15日、女学生だったあるご利用者は、学徒動員で川崎の飛行機工場にいたそうです。玉音放送の後、もう帰って良いと言われ、現実感の無いまま荻窪の自宅に帰った。その日から灯火管制が解除され、街に明かりが戻ったという事です。

 

そして人々は生きるための戦いを開始した。今日から明日へ命をつなぐ為に、家族の為に、死んでいった同胞の為に、死ななかった自分は生き延びる義務があった。

 

飢餓と混迷の中、時に争い騙し騙されまた法を犯し、食うために必死だった。子供を育てる為には何でもやった。その子らが70歳を越えようとし、孫は現役世代で活躍している。ありし日の日本を聴き、父母・祖父母の心に想いを馳せると、父母の血肉なくして子の生存そのものは無く、この恩は何をもってしても報いる事はできないでしょう。

 

戦前世代は、今再び生きる延びる為の戦いを開始しています。介護を受けるという事は、1日でも生きながらえる事に価値を置きながらも、最後のその日まで命の歩みを続けるという事です。私たちが要介護高齢者と共に学ばなければならない事は、生きるための努力を続ける事そのものが、“生きている実感”であり“充実感”であるという事実ではないでしょうか。近年の、守られた環境で生きる為の努力を少なくしかしてこれなかった若年世代に、人生への価値の喪失感が見受けられるのは、同じ理由からだと思われます。

 

私たち介護職は、お仕着せの親切な過剰介護によって、本人の生きる努力や意欲を奪ったりしないように心掛けなければなりません。出来得ない親孝行の代りに、利用者の皆様にせめてお世話させて頂く事で、わずかでも恩返しが出来れば、有り難いです。私たちが戦前世代の皆様と関われる時間も、残り僅かになってきました。尊敬と感謝の念をこめて。


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