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紙ふうせんだより 2月号 (2017/04/14)

皆様、いつもありがとうございます。今年は大雪が無くホッとしています。南風が吹く日は自転車を飛ばすと暑いくらいで、桜の開花が待ち遠しいですね。くれぐれも油断なく体調や自転車移動にご注意下さい。

変化を受け入れなければならない時

花芽の殻が割れ落ちて花が咲き、やがてその花も落ちると今度は新緑がでてきます。わずかばかりの間に桜は変身を遂げていきます。そのドラマをつぶさに見ると、次の衣をまとうために、古い衣を脱ぎ捨てていくのです。脱ぎ捨てる事は、痛みでしょうか。花芽の殻や、花にとって散っていく事は痛みかもしれません。しかし、生命の全体としての桜の木を見ると、それは痛みではなくなります。それは、誰でもなのです。

3.11の痛み

昨年の1月下旬、「呼び覚まされる霊性の震災学 3.11生と死のはざまで」(新曜社)という本が話題を呼びました。第一章は「死者たちが通う街 タクシードライバーの幽霊現象」。東北学院大学の金菱ゼミの学生が、被災者等から聞いた事を論文としてまとめています。

また、NHKスペシャルでは2013年夏に「亡き人との“再会”~被災地三度目の夏に~」を放映。『被災地では今、「故人と夢で再会した」「気配を感じた」など「死者との対話」体験を語る人が後を絶たない。残された者の悲しみの深さの現れであるとともに、その体験が、その後の生き方にまで影響を与える事実が分かってきた。最新医学でも、これらの体験は、大切な「回復プロセス」だと分析され、被災地では実態調査も始まった。』という番組です。

オカルト的な“幽霊”という言葉に、唐突さと戸惑いを感じる方も多いでしょう。金菱ゼミの工藤優花さんは、聞き取りを重ねる中で、次のように怒られた事もあるそうです。

「きみは大事な人を亡くしたことがあるかい? 人は亡くなると、眠っているように見えるんだ。あのとき、こうすれば良かったと後悔する。亡くなっても、会いに来てくれたら嬉しいんじゃないかな」「私が『幽霊』というと、そんな風に言うなと怒る方がいました。きっと、『幽霊』という言葉に興味本位だと思われる響きがあったからでしょう。怪奇現象とか、心霊写真とか恐怖を楽しむような言葉だと思われてしまった。『亡くなられた方』とか『(亡くなった方の)魂』というと、お話してもらえました」(工藤優花さんへのインタビュー記事/BuzzFeed)

私がここで“幽霊”の話を持ち出したのは、もちろん興味本位ではありません。それが、受け入れがたい痛みの大切な「受容のプロセス」だと考えるからです。

「巡回してたら、真冬の格好の女の子を見つけてね」。13年の8月くらいの深夜、タクシー回送中に手を挙げている人を発見し、タクシーを歩道につけると、小さな小学生くらいの女の子が季節外れのコート、帽子、マフラー、ブーツなどを着て立っていた。

時間も深夜だったので、とても不審に思い、「お嬢さん、お母さんとお父さんは?」と尋ねると「ひとりぼっちなの」と女の子は返答をしてきたとのこと。迷子なのだと思い、家まで送ってあげようと家の場所を尋ねると、答えてきたのでその付近まで乗せていくと、「おじちゃんありがとう」と言ってタクシーを降りたと持ったら、その瞬間に姿を消した。

確かに会話をし、女の子が降りるときも手を取ってあげて触れたのに、突如消えるようにスーっと姿を消した。                      (新曜社「呼び覚まされる霊性の震災学」より)

受容のプロセス、痛みの昇華

私たちが介護する方々も、心の痛みを抱えている方は多くいます痛みの受容が行われる時、痛みに囚われて身動きができなかったり自分を見失っている状況から抜け出ようと、心は記憶の再評価を試みます。「××だったけど、本当は〇〇ではなかったか…」というように、心は過去から新しい意味を汲む事によって、未来へとつながる自分の“物語”を紡ぐのです。心は“物語”を紡ぐ事によって痛みの意味を見出し、昇華した痛みは心の発展に寄与するのです。そのような“物語”の一つとして、被災地の“幽霊話”は心理的な意味があるのです。その“幽霊”が実在するかしないか、“科学的”な客観性や立証性などの議論は、受容のプロセスにとって、あまり意味がありません。大切な事は、そのことが当事者にとってリアルに感じられ、心が変容していく事です

「被災地の人は恐怖、不安、悲しみ、帰ってきて欲しいという気持ちなど色々な感情をもっている。心の中で処理しきれない非常に多くの感情が霊の投影という形で現れたと考えることができます」「(被災後の)色々な感情は溜め込んでいられなく、表現していかないといけない。現実に適応していくために、前に進むために必要だから、起きていることでしょう」

(心理カウンセラー池田宏治氏へのインタビュー記事/AFP)

例えば、最愛の夫を亡くした妻の話。自暴自棄に陥り、死にたいと思う毎日。車で自損の重傷事故を起こしたりもした。ある時、夫の霊に会う。見守られている感覚が芽生え、お父ちゃんと一緒に生きようと思い直した。私はとても感動した。他にも犠牲者の霊の存在を感じ、生きる勇気をもらう話が多かった」

(ジャーナリスト奥野修司氏へのインタビュー記事/河北新報)

物語を生きる

私たちが介護する方々も自分の“物語”を持って生きています。その“物語”は、理想的なものではないかもしれません。物語られるものごとは、(関わる側がストレスの溜まってしまう例としては)“被害妄想”や“アルコール依存”だったり、“過去の恨み節”など、さまざまな“事件”であったりします。また、話の中には多分に事実誤認や誇大表現を含んでいます。

しかし、だからと言って誰が正しくて誰が間違っているとか、その“物語”が無意味なものであるとは、誰にも言えないのです。私たちの人生全体を眺めて、人生の目的を「自己実現」や「本当の自分を見出していく」事と仮定した時、それが、自分を取り戻し自分らしく死んでいくために、「前に進むために、必要だから起きている事」では無いと、誰が断言できるでしょうか。

それらの“物語”に付き合っていく事は、当事者のヘルパーさんにとって、時にストレスとなるでしょう。そのストレスは、事務所での懇談等で軽口でも叩いて吐き出してください。そして実際の現場での応答では、状況の発展のために多様性が必要ですが、心は「受容」の一言に尽きます。その受容の大変さが、本人自身が持つ痛みの受容の大変さでもあるのです。私たちの受容が、利用者さんの痛みの受容となり、そして自己受容から自己変容へと変わっていくのです。桜の花が散るのは淋しいけれど、それは自然の摂理です。同じように癒えぬ苦しみは無いという事も自然の摂理なのです。痛みに苦しんでいる本人が今は信じようとしなくても、私たちは「冬は必ず春となる」と訴え続けたいと思います。それこそが、受容するという事なのだと思います。


紙ふうせんだより 1月号 (2017/04/14)

皆様、明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。年末年始から救急搬送が相次ぎ、せわしない年越しとなってしまいました。ヘルパーの皆様は体調を崩されていませんか? 疲れをしっかりとって、体調を維持されてください。

新年を迎える事は目標を立てて決意を新たにする良い機会ですね。しかし年を重ねるごとにタイムリミットが迫ってくるのも現実で、「来年の正月は生きていないよ」などと言われる利用者さんもいます。時間の流れは全てに対して等しく、その寿命の長短の多少はある程度あるにせよ、全てを死へと向かわせます。その流れのあまりの速さに驚いた言葉が「光陰矢の如し」です。

過ぎ行く瞬間をどうやって充実させていくか

「光陰矢の如し」の「光」は太陽「陰」は月を意味し、「光陰」と重ねる事で歳月や時間の積み重ねを表し、月日の過ぎるのは矢が飛んで行くように速いと譬えています。事務所にいるサービス提供責任者は、私含めこれを毎月実感し嘆いています。毎月10日までの国保連請求業務が、「この前終わったばかになのに、もう翌月!?」と嘆きながら日々を過ごしています。これを12回繰り返すと1年です。サービス提供責任者に限らず「速いわね~」と年末には多くの方が挨拶したかと思います。

「光陰矢の如し」は時間の速さを嘆くばかりの言葉ではありません。日々を無為に送ってはならないという戒めと共に、その過ぎ行く瞬間瞬間をどうやって充実させていくか、という問いが含まれています。この問いは、すぐに介護の仕事と結びつきます。

マンネリになりがちな訪問サービス、型どおりの内容と会話をして毎回終わっているうちに、気が付けばタイムリミットが迫っているかもしれません。私自身の反省を込めて書きますが、自分自身をときどき振り返る事が大切でしょう。もっと良いやり方はないか、もっと良い声掛けはどうしたら良いか…。利用者さんや周囲から「教わる」だけではなく、積極的に自分から働きかけ「学ぶ」のです。そこから学ぶべき事は何か、結局は、学ぶべき事は多く尽きないとなってくるでしょう。その学びの積み重ねも、学びを感じている瞬間の実感も、どちらも充実した生につながるのではないでしょうか。

人生は学ぶにあり

死の瞬間に自らの人生で得たかった事を振り返ってみる空想を私はしてみます。得たかったものを“愛情”などの精神的なもの入れて考えると、“愛情を学ぶ”というような言い回しもできるわけで、「学ぶ」という言葉に私の中では集約されていきます。もし私が死ぬ時、金や名誉は手にしていても充実を感じられる学びがなかったら、命や人生について何かしらの学びや考えを得ないでいたら、「私の得たかったものはこれじゃない」と感じると思うのです。だから「人生は学ぶにあり」と言えるのではないかと思います。では、どうやって「学ぶ」事ができるのか考えてみましょう。

多くを問う者は多くを学ぶ

確かに「少年老い易く学成り難し」と言うように、学校に通って勉強する事は老いては難しいかもしれません。しかし、学ぶ事はできるはずです。寝たきりになっても、ヘルパーさんとの交流の中で、ヘルパーさんがどんな気持ちかを考えてみたり、どうやったら自分の気持ちをヘルパーさんに伝えられるか、などを考えていく事は学びとなっていくでしょう。また、自分の今までの在り方を振り返っていく事も自身に対する学びとなっていくでしょう。このような事は、論理的な思考のみが可能とするものではなく、感じていく力も大切になっていきますから、認知症の方も学んでいけると私は考えたいと思います。学んだ事を言葉や論理として記憶できなくても、感情としての心の働きの積み重ねはあるのですから。

さて、「多くを問う者は多くを学ぶ」とはイギリスのことわざです。「どうしたら」とか「なぜ」など、問う事こそが学びの原動力です。では、どうしたら良い「問い」の視点を持つ事ができるのでしょうか。「問い」には良い悪いがあるのです。例を示してみます。

A 今までに対する非難を込めて、「なぜ、あの人は優しくないんだろう」

B これからの変化を期待して、「どうやったら、あの人は優しい気持ちになるだろう」

“あの人”にとって、どちらの問いかけが良いか悪いかは何とも言えませんが、この「問い」を発する人にとってどちらがより「学び」となるかは、Bと言えるでしょう。それは、Bの問いには将来の展望があり、そこには自身の態度への問いも含まれているからです。追うべきは自身の頭の上の蠅であり、常に「将来を指向した問い」を持つ事が大切なのです。

人生の本舞台は常に将来に有り

大正デモクラシーの核心である普選(フセン=普通選挙)運動を指導し“憲政の神様”と称賛された政治家・尾崎行雄は1919年(大正8)、第一次世界大戦直後の欧米を視察し悲惨な戦禍を目の当たりにして、国益があるならば戦争も辞さない国家主義的なところを持っていた自身を改めて、平和主義を唱え始めます。61歳の大転換です。不戦(フセン=戦争反対)を唱えたため命を狙われる事が幾度もありました。

「人生の本舞台は常に将来に有り」との言葉は、75歳の時に病床にあった尾崎行雄に、天啓のように浮かんだといいます。その後、軍部政治や近衛内閣の大政翼賛会、東条内閣などを、「万機公論ニ決スベシ」という明治憲法の理念をも守らない憲法違反の独裁政治であると痛烈に批判。尾崎行雄の信念は「世人の幸福を増す言行はみな善事 減らす言行はみな悪事」という判断基準でした。戦後、1945年12月には「世界連邦建設に関する決議案」を国会に提出。世界憲法を創り国際紛争を国際裁判で解決する事を提案しています。また、「新憲法こそは、日本の前途をてらす光明である。新日本を祝福する天来の福音である」「こんな高い代償をはらった憲法はあるまい。ただでもらったなどと思ったら、ばちがあたる」と述べています。94歳まで衆議院議員を務めており、この時「人生の本舞台は常に将来に有り」と揮毫。96歳(1954)で没。常により良い「世人の幸福」を問い続けた生涯でした。

94歳で「人生の本舞台は常に将来に有り」と言えるのです。「昨日までは人生の序幕で、今日以後がその本舞台だ」との意味です。この言葉は、私たちにとっても、励みと勇気になりませんか。今年もより良い一年として参りましょう。


紙ふうせんだより 12月号 (2017/04/14)

皆様、いつもありがとうございます。風邪はひかれていませんか? 疲れは溜まってはいませんか? 皆様のおかげで今年1年を乗り越える事ができました。皆様のご尽力あってこその紙ふうせんであり、利用者さんの生活です。感謝してもしきれない恩があり、ささやかな形でしか報いる事はできませんが、もっと良いことが何かあるでしょう。昔の人は「陰徳あれば陽報あり」と言って、天の照覧があると考えました。私も皆様への感謝と今後の健康を、澄んだ夜空の星を見上げながら祈ります。

未知なるもの、その多様性

さて、私たちはこの宇宙の事をどれくらい解っているでしょうか。実のところ、宇宙で私たち人間が理解している物質やエネルギーは宇宙全体の4%でしかなく、宇宙は私たちの知らない物質やエネルギー(ダークマターが22% ダークエネルギーが74% ダークは“未知の”という意味)によって成り立っていると言われています。さまざまな観測結果や物理学の計算からそのような事が推測されるのです。

同じような事が生物学でも言われています。最新の研究では地球上には870万種以上の生物が存在すると考えられていますが(1億種以上という説もある)、その中で、陸生生物の約86%、海生生物の約91%が未知の未発見の生物種となります。(現在1年間に4万種以上の生物が人為的な環境破壊により絶滅しているとされており、これを譬えて、「宇宙船地球号は、1時間に4~5個の部品を落としながら飛んでいる」と言う人もいます)

前回の紙ふうせんだよりでは「汝自身を知れ」という事が一つのキーワードでしたが、私たちは、この世界の事も宇宙の事も実はまだよく解っていないのです。私たちの生は、膨大な未知なるものを基盤として成り立っているのです。そして、その未知なるものは、私たちの知っている世界が多様性に満ちているように、想像もつかないような豊かな“多様性”が隠されているのです。

多様性の尊重と受容

福祉の世界で“多様性の尊重と受容”が叫ばれて久しいですが、その考えは今、多方面に広がり、自然科学や人文科学やビジネスの世界にまで及んでいます。それは、現代文明が画一性を推し進めた結果として、差別や格差や環境破壊を生じてきた事(過度なグローバリゼーションの推進による地域紛争の拡大等)への反省からなのかもしれません。

例えば北欧の家具・雑貨の直販メーカーのIKEAでは、イケア・ジャパン社内に「ダイバーシティ&インクルージョン」という部門を2002年に新設し、「100人いれば100通りある個性や才能。この多様性(ダイバーシティ)を互いに尊敬し認め合い、インクルージョン(受容)していくことで、国や文化の違いを越えたビジネスに活かしていく。」(月刊事業構想)という理念を掲げています。イケア・ジャパンは2014年の経産省の「ダイバーシティ経営企業100選」にも選ばれています。

また考古学や民族学の分野でも、“単一稲作民族”と考えられてきた日本の歴史観は誤りで、日本は“多様な文化”から成り立っている事が発掘や調査などから明らかにされてきており、その多様性から成り立っている事実の価値を再認識しようとの訴えが出てきています。

「われわれ日本人は、何よりも多様な価値軸をもつユニークな文化を有するという認識を十分に抱くことが必要です。その上で多文化・多文明の時代の到来したいまこそ、われわれの文化が、本来その中に内包してきた協調と調和の精神の必要性を世界に向けて発言し、その方向に向かって行動すべきではないでしょうか。」と、元国立民族学博物館の佐々木高明は『日本文化の多様性 稲作以前を再考する』(小学館)で述べています。

これらが志向している“多様性”の何が尊重されなければならないのか。それは私たち自身が、未知なものも含め多様なものの上に成り立っているという事実であり、私たちの依って立つ基盤(=多様性)を大切するという事は、何よりも私たち自身を大切にする事に他ならず、自他を区別なく尊重する事が自身の為でもある、という自他を包摂する考えです。

生物学者の岩槻邦男は『生命系 生物多様性の新しい考え』(岩波書店)の中で、「個は全体のうちにあって、全体を構成する要素となる。全体が生きなければ個の生存はない。同時に、個々の要素が生きなければ、全体の生存は成り立たない。君という個人の幸せは、君一人で完結するものではない」と述べています。

では、受容とは何でしょうか。それは、未知なるものとしての“他”であり、未知なるものを排除せずに受け入れ、「知ろうと努力をしていく事」ではないでしょうか。そして、その未知なるものの身近な最たるものこそ、“自身”に他ならないのです。私たちは介護を通して他者を知っていきます。他者との接触によって自身の心はリトマス試験紙ように反応しますが、それによって自分自身を知れるのです。鏡が無ければ自分の姿は解りませんが、利用者さんが鏡となってくれるのです。それは介護の仕事の大きな価値となっています。

未知なるもの、「可能性」への挑戦

一人の人間の“意識”は、膨大な人類史的な“無意識”を基層として成り立っていると言われています。分析心理学者のユングは、自分自身に内在する無意識という未知なる可能性に挑戦し自分自身の中にある多様性を開花させ結実させる努力(「個人に内在する可能性を実現し、その自我を高次の全体性へと志向せしめる努力の過程」)を「自己実現の過程」と呼んでいます。また、未知なるものへの挑戦に必要な態度とは、「実は、自分は未だによく解っていない」という「未知」の多さを自覚し、ないがしろにしないで謙虚に知っていこうとする、自分自身に対しても開かれた、自己受容の態度でしょう。未知なるものへの挑戦は、それが他者や環境に向かっていても自身に向かっていても、結局は自他どちらの為でもあるのです。だからこそ、他に対する自身の態度を自覚していかなければなりません。

今これから先の一分一秒も「未知なるもの」です。環境の変化も既に出会っている他者も、これから出会う他者も自分自身も、全て「未知なるもの」です。私たちはとても多くの未知なるものに囲まれた、豊かな多様性の中に生きているのです。その多様性が一人ひとりの可能性となり、豊かな人間性の輪が拡がっていくように念願し、新しい年に向かって挑戦していきたいと思います。来年もどうぞよろしくお願いします。

 


紙ふうせんだより 11月号 (2017/04/14)

皆様、いつもありがとうございます。11月だというのに雪が降り、大した積雪こそなかったものの濡れや冷えや自転車移動が大変でしたね。これから寒さは厳しくなってきますので、体調維持のためにも、濡れや冷えの対策を怠らないようにしてください。腹巻1枚追加だけでも、風邪や腰痛予防になります。また、早め早めの行動と早めの就寝を心がけてください。自転車操作はくれぐれもご注意ください。大雪の際の電車・バス移動は、申請して頂ければ実費会社負担となります。ただ、大雪の際は公共交通機関もあてになりませんので、ご苦労をおかけしますが、徒歩移動となるかもしれません。掃除などの不急のサービスは利用者さんにキャンセルをお願いするなどしますので、大量の積雪が予想される場合(地表付近の気温が0度を下回る時が危険ですので1月2月頃が要注意)は、申し出て下さい。

良い介護としての“自立支援”を考える

11月11日は、「介護の日」でした。「いい日、いい日、毎日、あったか介護ありがとう」をキャッチフレーズに、“介護について理解と認識を深め、介護従事者、介護サービス利用者及び介護家族を支援するとともに、利用者・家族・介護従事者、それらを取り巻く地域社会における支え合いや交流の促進を目的として、平成20年に制定されました。

さて、介護保険法の第1条1項には、「この法律は、加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態となり(中略)これらの者がその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう(中略)国民の共同連帯の理念に基づき介護保険制度を設け(後略)」とあります。このように介護保険法の考える良い介護とは「有する能力に応じ自立した日常生活を営むこと」として、“自立支援”である事が明確に示されています。

そこで、そもそもその人にとっての“自立”とは、一体何なのかを考えていかなければなりません。身体状況や生活環境に千差万別のある利用者さん一人ひとりにとって、何をもって自立と考えるのか。例えば、手足が全く動かなくて、日常生活全般に介助を要する身体障害のあるような利方でも、ヘルパーさんを上手に使いながら自分の生き方を追求し、日々“やりたい事”の実現を目指している方もいます。このような方に対して、介助を利用しているから“自立”していないとは言えません。自立とは、身体的な側面と精神的な側面の両方を含む言葉であり、生き方という面では“精神的自立”がより重要になってくるでしょう。

私たち介護職の仕事に置き換えて考えてみれば、リーダー等の指示がなければ判断が一切できないような思考停止状態があるとすれば、それは精神的自立ができていないという事になり、仕事ではいつも不安や責任転嫁がつきまとうかもしれません。このように考えると、要介護や障害の有無は関係なく、全ての人にとって“自立”への課題があると考えられます。リハビリによる回復が見込めないような方でも、その方の自分らしい生き方(死に方)ができるように、精神的な側面を支えていく事も自立支援となるのではないでしょうか。それは、その方が自分自身を知っていく“自己覚知”への過程を支援する事となるしょう。

“自立”の根本は、自分自身を知ろうとする事

利用者さんにリハビリを勧めてともうまくいかない時があります。本人が主体的に取り組まないと効果は上がらないからだ。自立支援には、利用者さんが自分自身や現状をどのように理解しておりどのような気持ちであるかを考えた支援が不可欠です。その気持ちの両側面を試みに下図に示してみた。ポジティブな気持ちが前面に表れている時、それ以外の気持ちは陰に隠れているが無くなってしまうわけではない。周囲の関わりや何かをきっかけに陰と陽は容易に入れ替わるし状態像も相前後するから、自分でも自分の気持ちが解らなくなるその時、自分自身の事をできるだけ知ろうとし自分なりに理解し、できる限り主体的に生きようとする肯定的な気持ちに対して、そのような状況に自らが陥るのは状況や環境のせいだとし、自分自身の気持ちからも逃げてしまうような拒否的な態度が一方にはあります。解ろうとしないのは誰かではなく自分なのです。感情の力は自分らしさと取り戻そうと、自らに働きかけます。自暴自棄も自分を虐める事によって自らを(自分自身の大切さを)知ろうとするギリギリの試みなのかもしれません。自分らしさの根本は自分自身を知る事であり、自立はそこから始まります。そして自立した生があるならば、自らの死を知り周囲の人と心を分かち合い、自ら落ち着いて赴くような“自立した死”もあるのではないでしょうか

汝自身を知れ

元高校教師の利用者さんと散歩をした時に、国士舘の学生が歩いていたので「先生の時に学生達に伝えたかった事は何ですか? いろいろな思いがありましたか? 一つのテーマがありましたか?」と伺ったところ、「一つだったね。“汝自身を知れ”という事を伝えたかった。生きる事の基本だからね」とおっしゃっていました。「長く生きて来られたと思いますが、自分では自身の事を知り尽くす事はできましたか?」と伺うと、「全然解らないよ」と微笑されていました。だからこそ少しでも知ろうとする努力が人生にとって大切なのです。この会話の翌日、この方は急逝されました。“死”は、ある意味で自分自身を知る事が出来る人生の最大のチャンスです。好奇心と希望を持って臨まれたのであろう事を信じ、ご冥福を祈ります。

 


紙ふうせんだより 10月号 (2017/04/14)

皆様、いつもありがとうございます。ようやくの秋晴れにヘルパーの皆様は、自転車で気持ちの良い風に吹かれているでしょうか。「学問や芸術の秋」と呼ばれていますが、学究の奥にどんな真理があるのか、美しさの秘密とその本質とは何か、などを“自らに問う”思索にふさわしい季節が“秋”なのでしょう。では“自問”を始めてみましょう。

風に吹かれて

『風に吹かれて』 訳詞:忌野清志郎どれだけ遠くまで歩けば、大人になれるの?どれだけ金を払えば、満足できるの?どれだけミサイルが飛んだら、戦争が終るの?その答えは風の中さ 風が知っているだけさいつまで追っかけられたら静かに眠れるの?どれだけテレビが唄えば、自由になれるの?どれだけニュースを見てたら、平和な日がくるの?その答えは風の中さ 風が知っているだけさ

どれだけ強くなれたら、安心できるの?どれだけ嘘をついたら、信用できるの?いつまで傷つけあったら、仲良できるの?その答えは風の中さ 風が知っているだけさ

したがって、どれだけ風が吹いたら、解決できるの?どれだけ人が死んだら、悲しくなくなるの?どれだけ子供がうえたら、何かが出来るの?その答えは風の中さ 風が知っているだけさ
ボブ・ディランの代表作『風に吹かれて(Blowin’ in the Wind)』(1963)は誰でも一度は聞いた事があるでしょう。淡々とした歌声にのせられたその問いは、「どれだけの砲弾を発射すれば、武器を永久に廃絶する気になるのか」「一人一人にいくつの耳をつければ、他人の泣き声が聞こえるようになるのか」「人はどれだけの死人を見れば、これは死に過ぎだと気づくのか」などです。ボブ・ディランはその答えを「ただ答えは風の中で吹かれているということだ。」「しかも紙切れみたいに、いつかは地上に降りてこなきゃならない。でも、折角降りてきても、誰も拾って読もうとしないから、誰にも見られず理解されず、また飛んでいっちまう。世の中で一番の悪党は、間違っているものを見て、それが間違っていると頭でわかっていても、目を背けるやつだ。」と述べている。The answer is blowin’ in the wind.(答えは風の中で吹かれている)の訳はさまざまな見解があり、「その答えは 風に吹かれて 誰にもわからない」と訳している人もいる。

風の象徴性

古来から「風」は“眼に見えないもの”を象徴している。古代インドや仏教では、世界の諸要素の働きを「地水火風空」(ちすいかふうくう)の五大(ごだい)で表しているが、「風」の働きは成長・拡大・自由など。“五大”を身体の諸機能にあてはめると風は“息=呼吸”であり、日本では「息を引き取る」は死を意味する。風を描いた映画監督として知られている宮崎駿の『風の谷のナウシカ』では、風の谷の村が破滅的な死に襲われようとしている時、「風が止まった」とあり、主人公の死によって村人が救われ、主人公に奇跡が起きて「風が戻ってきた」となる。このように風は“眼に見えないもの”としての“命”そのものも意味する。するとボブ・ディランの問いの答えは、「一人一人の命の中にある」という意味に解する事もできる。しかし「誰も拾って読もうとしない」のだ。答えは“そこ”にあるもかかわらず。『風に吹かれて』が透明な悲しみをまとっているのはそのためかもしれない。

白い美しい蝶

命あるものは全て微生物から人類に至るまでみな、成長・拡大・自由を指向している。細胞の増殖は目に見える変化ではあるが、心の営みは他人からは眼に見えない。風のように“感じる”くらいが精いっぱいだ。見えないものから目を背けてしまうと、外見の見栄えばかりを気にして中身が失われてしまう。人は見かけによらぬものだ。心の中の風に気が付いているだろうか。

『僕はまるでちがって』という黒田三郎の詩がある。外見の「僕」は「昨日と同じ」でしょぼくれてはいるが、心の中には「僕のなかを明日の方へとぶ 白い美しい蝶がいるのだ」という、秘密を打ち明けるような詩だ。私の中には風に舞う白い蝶はいるだろうかと自問しよう。それを明日の方へと飛ばそうと努力する。その営みは他人からは秘密である。本当の成長も本当の美しさも眼には映らないのだから。

僕はまるでちがって』 黒田三郎

 

僕はまるでちがってしまったのだなるほど僕は昨日と同じネクタイをして昨日と同じように貧乏で昨日と同じように何も取柄がない

それでも僕はまるでちがってしまったのだなるほど僕は昨日と同じ服を着て昨日と同じように飲んだくれで昨日と同じように不器用にこの世に生きている

それでも僕はまるでちがってしまったのだ

ああ

薄笑いやニヤニヤ笑い口をゆがめた笑いや馬鹿笑いのなかで僕はじっと眼をつぶる

すると

僕のなかを明日の方へとぶ白い美しい蝶がいるのだ

 

   美しき秘密

美しき秘密はそっとビンに入れ時々フタをあけては覗く

この短歌の作者はどんな人でしょうか。若い女性が淡い恋心をそっと胸にしまっている様な初々しさがあります。この方は実は大正13年生まれの要支援の利用者さんなのですが、歌集の刊行は平成8年なので、若いとは言えない頃に詠んだ歌かもしれません。しかし実際今のこの方も美しいのです。好奇心に満ちている様子が気品として感じられる方です。きっと心の中には白い美しい蝶がいるのでしょう。蝶が心の中で小さな風を起こしている事が元気の秘訣かもしれません。私が美しいという事は、私だけが知っている私だけのないしょで良いのです。私の秘密を他人に宣伝する必要も他人と比較する必要もありません。

私たちは介護を通して多くの高齢者に会います。その多くの方が肌はしわしわで、髪は白くなっています。テレビの化粧品やシャンプーのCMが喧伝するような美しさはどこにもありません。だからといってそのような外見に惑わされて、その方の持つ本当の美しさに気が付かないのであれば、眼がショボショボしているのは利用者さんではなく自分自身であり、それはとても損です。「自分磨き」とはテレビのCMが言うようなお肌や毛髪の問題だけではないでしょう。私は、眼の前の利用者さんの心の中の白い蝶に気が付きたいし、それができれば、自分の心の中にも白い蝶が羽ばたくでしょう。風は利用さんからもいつも吹いてきています。その風に身をさらしていこうと思います。もう一つこの方の歌を紹介します。

人は死に空も風も死なしめて男はどうして戦争がしたい

「風を入れる」とは変化させること。変化は常に問いかけから始まります。心の中に風を入れていきましょう。『風の歌を聴け』とは村上春樹の小説のタイトルですが、自分は風の歌を聴いているのか、自問していきたいと思います。

 

 

 


紙ふうせんだより 9月号 (2017/04/14)

皆様、いつもありがとうございます。秋雨前線の停滞と台風で雨の多い月でした。雨天時の自転車操作はくれぐれもご注意ください。マンホールや横断歩道段差でのスリップ、交差点での出会い頭の衝突など。自転車のスピードは控えめに、早め早めの段取りで事故を未然に防いでください。

パラリンピックについて

障害者スポーツの競技大会の起源は、1948年7月28日、ロンドンオリンピックの開会式と同日に行われた、イギリスのストーク・マンデビル病院での競技大会です。この病院は「手術よりもスポーツを」というリハビリ理念を掲げており、競技大会の参加者は、第二次世界大戦で脊椎を損傷した元兵士たちで、この病院の入院患者です。この競技大会は毎年開催され、1952年にはオランダからも参加者があり、「第1回国際ストーク・マンデビル競技大会」となりました。

1960年、ローマオリンピック開催にあたって、同じくローマで第9回国際ストーク・マンデビル競技大会が開催され、これが現在パラリンピックの第1回大会とされています。大会の正式名称に「パラリンピックス」が用いられるようになったのは、1988年のソウル大会からで、“パラ”とは、もともとは“対”麻痺(下半身麻痺=Paraplegia)を指す言葉でしたが、パラレル(Parallel=平行)として、「もうひとつのオリンピック」という解釈もされるようになりました。なお、知的障害者の参加が認められるようになったのは、1998年の長野パラリンピックのクロスカントリースキーからです。

国枝がいるじゃないか

今回のリオ大会で、車椅子テニス男子ダブルスの国枝・齋田は銅メダルでした。国枝さんは、野球少年だった9歳のころ腰に違和感を生じ痛みがひどくなり足が動かなくなってしまいます。脊髄の腫瘍の手術後、下半身麻痺のため車いす生活となりましたが、小学校6年生の時、自宅近くにテニスセンターがあったのが縁で車椅子テニスを始めています。

世界のテニス界に錦織圭選手が躍り出るちょっと前の話です。『日本の記者が男子プロテニス選手のロジャー・フェデラーにインタビューしたときに「なぜ日本のテニス界には世界的な選手が出てこないのか」と聞いたらしいんです。するとフェデラーは「何を言っているんだ君は? 日本には国枝慎吾がいるじゃないか!」と言った。国枝慎吾とは2008年の北京パラリンピックで金メダルを獲得した車椅子のテニスプレーヤーですが、残念ながらこの国のジャーナリズムの障害者スポーツに対する認識はまだその程度ということでしょう。』(スポーツジャーナリストの二宮清純さんへのインタビュー記事「Premium web」より)

史上最高のテニスプレーヤーとの呼び声が高いロジャー・フェデラー(グランドスラム17回優勝)は、国枝を知らない日本の記者をたしなめたのです。二宮清純さんが指摘する認識の低さとは、健常者と障害者のスポーツの価値に優劣があるような“偏見”です。

グランドスラム達成という偉業 

テニスには、グランドスラムと称される、4大大会(全豪オープン・全仏オープン・ウィンブルドン選手権・全米オープン)があります。グランドスラムとはその大会で優勝することであり、グランドスラム達成とは、1年間で4大大会全てに優勝する事で、僅かな人しか達成していません。国枝信吾は2007年、史上初となる車いすテニス男子シングルスのグランドスラム達成をしました。また、国枝のグランドスラム(優勝回数)は、車椅子部門で男子世界歴代最多となる計40回(シングルス20回・ダブルス20回)です。

ウィンブルドンで5連覇したロジャー・フェデラーは、「グランドスラム達成をいつできるか?」と問われたとき、「僕よりクニエダの方が近い」と答えたといいます。超一流の選手ともなれば、世間の評価など関係なく凄いものは凄いと認め、そこから自分自身が何を学べるのかを考えるのでしょう。国枝選手も次のように述べています。

『「車いすだからここまでしかできない」という思い込みを取り払い、「健常者や格下の選手のプレーから盗めるものはないか」と常に考えて取り組むことが、今の自分を超えるために必要な要素。』

国枝選手に学ぶ

『人生は何が起こるかわからないですから、「毎日を悔いなく生きていこう」と思っています』

この国枝さんの言葉は、生老病死の現場に臨む私たち介護職にとっても重なります。

『すごく基本的なことなんですが、まずは一球に全力をかけてプレイすることが勝利への近道だと改めて気づきました。』

私たちにとっての一球は、一つの訪問に“一期一会” で臨む気構えと言えます。私たちにとっての“勝利”とは何か、それは競技の順位のような物差しはありませんが、利用者さんとの心の交流を深める事であり、また自身の人間的な成長ではないでしょうか。スポーツ選手であるか無いかや障害の有無等に関わらず、抱える課題は人それぞれです。病気や借金や人間関係など「なんで自分がそんな事で悩まなければならないのか」と、自身の課題を他者のそれと比べて優劣を論じる事に価値はありません。自身の課題に取り組んでいるかどうかが大切であり、今の自分を乗り越えようするところに“価値が生じてくる”のです。

『壁にぶち当たったり、一進一退を繰り返したときも「絶対に乗り越えられる!」と自分を信じれば、いい方向に行けると思うんです。』

『「自分に向き合う」作業に必要なのが「ノート」です。反省、取り組むべき課題、その課題を克服して得たことをメモする。「現状」と「課題」を記録し続ければ、「今、自分に必要なこと」が常に明確になり、成長への近道になります。』

介護の仕事は、その仕事内容から必然的に、自分自身と向き合う必要性が生じてくる事は、紙ふうせんだよりでも以前から述べていますが、ノートなどの記録をする事は、私としても耳が痛いところです。ただ、ノートまでは取らないまでも、自分の「現状」や「課題」を自覚しているかどうかは、自ら問う必要があるでしょう。基本的な事ですが、“より良いサービスを目指す事”は、それによって自分自身の課題が明確になり“成長の近道”となり、良い方向に行くという、自分自身にとっての価値が生じてくるのです。

利用者さんに良いサービスを提供する方法(参考)

  • 利用者さんを好きになる事逆に言えば、「悪い」と自分が考えているところのとらえ直し、再評価をする事です。 ・自分の空想や理念の中で生きている人 ・愚痴やなげやりな発言が多い人 ・意欲がわかずに弱っていく人
 
  1.    →静かに死や人生を見つめる無欲な目
  2.    →その発言の裏に秘められた「頑張ろう」という気持ちがある
  3.    →少年のような心
  4. それはどんな人に対してもです!!
  5. 利用者さんを好きになるためには「良いところをみつける」事です。
良いところが見つけられないのは、「自分がサボっているから」と考える。

利用者さんの、今見えているものとは別の面を引出し、良いところに気が付くにためには、自分のアプローチを変える事。具体的には、会話の中での「質問の内容」を変える事。

・本人の好きな事 ・自慢話 ・今の想い ・過去の想い…

★その方の心の世界に入っていこうとしていますか?

もし、新しい発見があれば、そこを糸口に、その方を好きになれます。

 

【良いところを引き出すための“仮説=想像力”

○この方は「こんな人」 ネガティブ仮説とポジティブ仮説を立てます。

・ネガティブ仮説は、その人の苦しみや悩みを考え、そんな経験をすればそうなっても仕方がない…というように、いたわりの気持ち(共感的理解)を自分が持てるようにするために、考えます。

・ポジティブ仮説は、「実はこの人はこんなにすごい人」との仮説を立て、その仮説を自分の感想として伝え、『そんなすごい面があるのは、どんな「考え」を持っているからですか?どんな「経験」をされてきたからですか?どんな「信念」を持って生きてきましたか?』等、心の琴線に触れる質問をしてみる。

 

ポジティブな内面を引き出す質問に喜ばない人はいません。自分の理解者を得られる事こそが孤独を生き抜く力です。これがエンパワーメントです。

 
  • 関係に飽きない事
 

飽きない為には、やはり質問が大切です。そのためには、「質問の仕方」を変えていく事です。

【良い質問の仕方】

・まずは、室内の様子等をよく観察する事です。相手に興味を持ってください。事実に着目して質問をします。(ネタは、「本」でも「食べ物」でも「テレビ番組」でも「レコード」でも何でもよい)

(例)本がいっぱいある これに気が付いたら、質問してみます。

「本がいっぱいありますね!」と、あくまで気軽な感じで聞いてみてください。もし、返事が無いようなら、会話の間が変にならないように、言葉を早めに重ねてください。もし自分が知っている事などがあるなら、「○○がありますね!?」と少し話題を掘ってつなげてみます。だいたいは、「○○はね、学生の時、はまったんだよ」等と、なにかしらの応えがあります。自分と共通項があることはうれしいものです。そうしたら、「○○は私にとっては□□ですよ」と必ず相手の言葉と意味を拾って返事をします。拾わないとここで会話が止まってしまいます。もし知っている事などが無ければ、素直に「どんな本を読まれるんですか?」と少し掘って聞きましょう。会話には心地よいテンポというものがあります。言葉を返す時に、考え込む時間が長いと気持ちの悪い会話となり、“気が合わない人”とのレッテルを貼られてしまいます。そしてこの時点で、既にもう他のネタが仕込まれている事に気をとめておいて下さい。

もしこの後の会話で「○○」についての話が途切れたら、「学生の時、○○にはまってと言っていましたけど…」とつないで、「どうしてですか?」とか「他には何にはまりましたか?」とか、さらには「私は△△にはまったんですよ~」と話題を拡げられる可能性があるのです。

そして、会話の終わりかた(回収の仕方)ですが、“おもしろい話を聞けた”“いっぱい話せてよかった”“知らない面を知る事ができた”等と、会話の全体に対して、つまりお互いの「関係性の進展」についての“肯定的”な総括をなるべく自然な形で伝えて締めくくります。この印象が残れば、次回また話をしたいという気持ちになります。次回の訪問につながる事を意識した締めくくりが大切です。

 

【悪い質問の仕方】(例)

「本がいっぱいあるんですね~~へ~~」→重いと、相手は質問者の意図をはかりかねて、返事しにくくなります。

「本がいっぱいあるんですね~、私と大違いだ…すごいわ~~」→質問に対して自分で答えており、相手が入ってくる隙がありません。また、「すごいわ~」といういきなり突きつけられた肯定的評価は、会話を楽しむ余裕を相手から奪っています。「そうでしょ、すごいでしょ!!実はね~」などど、高度な返答のできるような余裕のある利用者はほとんどいません。大抵は「まぁ~ね~」となり、会話は終わってしまいます。また、カンの鋭い人は、「私と大違いだ…」との言葉の無意識的な挿入に、自己卑下に対してフォローしながら会話をしなければならないめんどくささを感じ取とります。人によっては“私とあなたの違い”という“壁=拒否感”を感じ取ります。疲れてしまうので会話は気乗りしません。

また、肯定的な評価の言葉は、実はその内容(=相手)を十分に理解してから発しないと、うわべだけのゴマすりという印象を与えかねません。何がどう肯定なのか、相手の要素を具体的に伝えないと逆効果です。「私と大違いだ…」は自己卑下であり相手を評価する言葉にはなりません。乗り越えましょう。


第1回防災訓練 (2016/09/15)

平成28年9月12日に紙ふうせんで防災訓練を行った。

 

目的は

1:避難経路の確認

2:避難場所(1次・2次)の確認

3:障害物や落下物の確認

である。

想定は震度5以上で事務所が危険となった時である。

まず防災課長である、井上を先頭に第1次避難場所で梅が丘まちづくりセンターへ。

途中で障害物や落下物の危険を行った。梅丘まちづくりセンターに到着すると避難者の確認。第2次避難場所が羽根木公園であるので、そちらに移動。井上を戦闘して行った。

途中で落下物や障害物を確認。ここからは大通りに面している為、人通りも多くなる。

白いヘルメットをかぶり、同じ方向に10数人が歩いている。町の人に見られてちょっと恥ずかしい。車椅子も使い、どのように動いた良いか、どういった面に問題がるかなどを確認

羽根木公園につくと避難者を確認して終了

事務所に戻り、非常時の持ち出し物を袋に各人がつめる

まとめ

初めての防災訓練であったが各人が流れを確認できたことは良かった。今後はさらにいろいろな対応ができるようにしていくことが必要。

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紙ふうせんだより 8月号 (2016/09/15)

皆様、いつもありがとうございます。引き続き熱中症には十分注意して下さい。

相模原市で絶対に許せない事件が起きてしまいました。7/19日未明、犯人は19人を刃物で殺害。逃げることさえできない重度障害者を刃物で刺して回ったという計画的な残忍さや、犯人の“障害者を殺すことが正義”と言わんばかりの主張が、一体どのように生じてきたのか、衝撃が世界にまで走った。

【相模原事件】障害者襲った大量殺人  現代社会の写し鏡ではないと否定できるのか

これは、インターネットニュースサイトのBuzzFeed Newsもインタビュー記事の見出しです。全盲であり聴覚障害もある障害当事者の東京大学先端科学技術研究センター教授・福島智氏は、『重度の障害者への差別とは、現代社会に要求される生産能力(知的能力)の低さに対する差別です』と、インタビューに答えている。

相模原事件】障害者襲った大量殺人 現代社会の写し鏡ではないと否定できるのか(BuzzFeed Newsより)

——なぜ、こういう考えを持つ人間が生まれるのでしょうか?

容疑者は衆議院議長にあてた手紙で、重度障害者を抹殺する理由の一つとして「世界経済の活性化」という言葉を使っています。つまり、重度障害者の存在は、経済活動の活発化や経済成長にとってマイナスになる、だから抹殺するのだ、というのが犯行の動機と思えます。

これは何にもまして ——ときには人間の命よりも—— 経済的な価値を優先させる、という考え方です。こうした考え方が育った背景には、今の日本社会の中に、経済活動を何よりも優先させるという風潮があることが関係しているのではないかと思います。

つまり、品物やサービスを生産する労働力や生産効率で、人間の価値の「優劣」を決めてしまうという風潮です。

こうした風潮は、学校教育にも「逆流」するでしょう。学校では、直接的に労働力や生産能力が問題になる代わりに、成績や偏差値の高低が生徒や学生の優劣を決めてしまいます。

成績や偏差値が非常に低い子供たちは、まるで存在価値がないかのように扱われたり、自分でもそう思ったりしてしまう。そうした傾向はないでしょうか。

こうした社会や学校での風潮や傾向が容疑者の考え方に何らかの影響を与えたのではないかと思います。

福島氏は、『「幸福」や「不幸」は、机や椅子といった形のある物体のように「作る」ことや「壊す」ことはできない』とし、『それらは一人ひとりの人間が心の中で感じ取るものです。同じ環境や出来事に対しても「不幸と感じる人」「幸福と感じる人」「幸不幸を感じない人」など様々でしょう。そう考えれば「障害者は不幸を作ることしかできない」』という犯人の断定は、根本的に間違っていると指摘している。

“足手まといは自決しろ”とでも言いたいのだろうか?

石原慎太郎氏は、かつて知事時代に重度障害者施設を視察して「ああいう人ってのは人格あるのかね?」と口にしている。漫画家の小林よしのり氏は『下流老人の解決方法』として、「構造改革・規制緩和と延々と言っているが、真っ先に規制緩和すべきは安楽死だろう。国民としての役割を果たし終えて、若者の迷惑にしかならない老人は安楽死するのが一番いい」とブログで発信している。作家の曽野綾子氏は、「高齢者は『適当な時に死ぬ義務』がある」と、週刊ポストのインタビュー記事に答えている。これらの主張には“自分は要介護や障害者や下流老人にはならない”という自分自身への傲慢な特別視がある。

当事者意識の欠陥

「生老病死」は、本来どんな人間にとっても当事者的問題のはずだ。ただ一部の人は、誰かに差別感情を向ける事によって、あたかも自分自身は“特別”で「生老病死」の問題は自分には訪れない、と“勘違い”をしたいのだろうか。そのような当事者意識の欠陥に関して、インターネットニュースサイトで身体障害のある30代男性が、「今回の事件では人間が殺されたのではなく、障害者が殺されたように感じている人が多いのではないでしょうか。だから、事件に対して怒る人が少ないように感じます」と指摘している。

犯人の『障害者は死んだ方がいい』といった差別的発言に対して怒る人たちはよく見ます。でも今まで大量殺人事件が起きれば、明日は我が身と当事者意識を持つものですが、今回に関しては抜け落ちているような。世間一般の反応としては『障害者は役立たずだけど殺しちゃダメ』みたいな風潮を感じる。でも、そうじゃなくて『人間だから殺しちゃダメ』っていう当たり前の怒りが今回は少ないんです。不謹慎かもしれないけど、自分が巻き込まれなくてよかったと安堵をしている人も全く見かけないんですよ。まるで自分とは全く関係ない世界の話のように見ている人が多いように感じます。

犯人の動機の根底にある『障害者は人間ではない』というメッセージは、実は障害のない人たちの心の奥底に眠っている感情なのかもしれません。障害があってもなくても人間なんだということを、もっと考えてほしいと思っています」

(しらべぇ編集部)
死生観は、生命存在の根幹に関わる問題であるからこそ、個人が自分自身に対してどのように考えるかは勝手だとしても、ネガティブな価値観は他人には押し付けてはならない。犯人は、一度は介護職として障害当事者と関わった身だ。その犯人は希望通りの就職ができずに劣等感を持っていたように見受けられる。犯人は自分に存在価値が無いように思い、その反動として“自分こそが障害者を救済する”というような自我肥大に囚われてしまったのだろうか。病的な妄想も相まって、生きる価値が無い”という自己評価を他者に投影し、他者を「生きる価値が無い」と一方的に断罪した事に、インターネット社会に漂う病的な自我肥大から生み出される“ゆがんだ当事者意識”を感じてしまう。

実際、ネットの中では犯人への共感の声も少なく無い。中には、犯人に共感する声として、知的障害者からの犯罪被害にあった女性の声を取材した記事もあったが、それは別の問題として論じるべきだろう。

Twitterでは「よくやった」などと信じがたいつぶやきが続出、「遺族は自分で面倒見きれないから、金を払って施設に押し付けてたんだろ。殺してくれた植松に感謝すべき」「人に危害を加える重度障害者に、人権なんて与えなくていい。犯人はよくやったと思う」「植松はぶっちゃけ、障害者という税金食い潰すだけのやつらを殺処分した英雄」と、目も覆いたくなる発言があった。

(片岡亮/NEWSIDER Tokyo)

今この社会で何が起きているのか
日本の自殺者数は、1997年の2万4391人から、1998年には3万2863人へと急増し、高止まりした状態が続いています。平成17年における自殺者数は、3万2552人(警察庁統計)であり、交通事故死者数(平成17年6871人)の約5倍となっています。これは、1日あたり90人近くが自殺している計算になります。約16分に1人、日本のどこかで誰かが命を絶っていることになり、毎年、市町村が毎年消えていっている計算になるのです。(自殺対策支援センター ライフリンク)
「15年の自殺者数は前年比1402人減の2万4025人となり、4年連続で3万人を下回った。」と政府は発表している。しかしこの数字は注意が必要だ。『自殺、他殺あるいは事故死のいずれか不明のときは自殺以外で処理しており、(中略)自殺に計上していません』(内閣府)となっており、遺書の無い“転落”などはカウントされず、実際の自殺者数はもっと多いと言われている。そのため本当の数は10万人超というネットの風説さえある。人口あたりの自殺率は先進主要国(G7)の中で日本は1位。20~30代の死因1位は自殺だ。G’7の中で若者の死因のトップが自殺という国は日本以外になく、原因は主に“職業問題”と言われている。前出の福島氏によると「現代社会で要求される生産能力は、記憶力・情報処理力・コミュニケーション力など」というから、気が利かなかったり人付き合いの苦手な若者は、仕事で悩んでしまうだろう。“進め一億火の玉だ! 生産性を上げろ! 足まといは自決しろ!” 苦しんでいる人にとって、この国の風はこのように哭いているのかもしれない。

生きる意味を再考する

これだけの数の人が「自分は生きるに値しない」として命を絶っている。中には、自分の内面の闇を他者に投影し、他者を襲撃する身勝手な人間がごく一部ながらも出てきてもおかしくはない。「死刑になりたかった。誰でもよかった」という事件は、今までもある。

このような状況に対して、私は介護職として、人として健全な当事者意識を持ちたいと思う。深く悩んでいる人や、自己卑下に浸っている人に「人生は生きるに値する」と言う事は、生易しいものではない。しかし、一方的に弱者と考えられてきた“障害者”や“要介護高齢者”が、その命の煌めきをかい間見せる時に感じた事を、語っていく事くらいはできると思う。介護の仕事を通じて感じたことを発信する事は、かならず社会に対して、生きる意味の再考の材料を提供していく事になるはずだ。最後に、介護福祉ジャーナリストの田中元氏の記事を引用します。皆様もご一考ください。

障がい者施設の殺傷事件で考えること (介護職のウェブマガジン けあZine/田中元)

 

今回のように逃走や抵抗が難しい人々に対し、これだけ執拗な殺傷行為に出るというのは、本人の中に「(身勝手としか言いようがないものでも)相当に強い衝動」が生じていたといえます。しかも、本人は過去にそこで働き、少なからず当事者と接する時間をもっていたわけです。どんなに偏った考え方に支配されていても、いくらかでも「情」は残り、それが最後の防波堤として立ちふさがるはずです。しかし、その防波堤を乗り越えてしまうということは、何かの力が彼の後押しをしてしまったのではと思えてなりません。

それは何でしょうか。今でもネット上では、彼の犯行を礼賛するような記述も散見されます。また、以前から、障がいをもった人をはじめ、社会的な弱者に対する差別的な言動が(社会的地位のある人からでも)発せられ、それが拡散するという光景も見られました。

それはごく一部の偏った考えと言えるかもしれません。しかし、社会全体の構造が無意識のうちに人の心をむしばむことがあります。そのむしばまれた心の隙間に、先のような差別的発信がすっぽり収まると、そこに「一理あるのでは」という思考が生じることもあります。もちろん、通常であれば「それはやっぱりいけないこと」という内省をもって排除されるものですが、社会全体で「むしばまれる穴」がどんどん広がり、差別的思考を排除する力が薄くなりがちな風潮も感じられます。

 

人が社会の中で生きていくうえで、特定の価値で存在意義を測ることはあってはなりません。人はその時々でさまざまな他者と向き合い、それを鏡としながら「自分の存在意義」を見つめていくものです。「あなたに会えてよかった」という思いには、特定のものさし(価値)が入り込む余地などないはずです。

何年か前、在宅で暮らす重症心身障がいの人を訪ねたことがあります。こちらが見てわかる反応は「まぶたの微妙な動き」だけなのですが、同席した家族やケアマネが、「今日は機嫌がいいね」とか「何で怒ったの?」と話しかけています。それを見て「なぜ分かるのだろう」と心の中で首をかしげたものです。しかし、その人の好きなCD(私も好きな曲でした)を一緒に聞き、同じ時間と空間を共有する中で、不思議なことに少しずつ相手の心の動きが理解できるようになりました。その人と別れる時には、「自分はとても大切なものをもらった」という気分になったものです。

そんな経験を思い起こせば、「社会の役に立つか否か」などという犯人の言説がいかに狭く貧しいものであるかと言わざるをえません。しかし、そうした狭く貧しい心の隙間を狙うものが社会に厳然と存在しており、そうしたものに毅然と立ち向かえるかどうか。自分自身にも改めて問わなければと感じています。

津久井やまゆり園の事件について(障害のあるみなさんへ)

7月26日に、神奈川県にある「津久井やまゆり園」という施設で、障害のある人たち19人が殺される事件が起きました。容疑者として逮捕されたのは、施設で働いていた男性でした。亡くなった方々のご冥福をお祈りするとともに、そのご家族にはお悔やみ申し上げます。また、けがをされた方々が一日でも早く回復されることを願っています。

容疑者は、自分で助けを呼べない人たちを次々におそい、傷つけ、命をうばいました。とても残酷で、決して許せません。亡くなった人たちのことを思うと、とても悲しく、悔しい思いです。

容疑者は「障害者はいなくなればいい」と話していたそうです。みなさんの中には、そのことで不安に感じる人もたくさんいると思います。そんなときは、身近な人に不安な気持ちを話しましょう。みなさんの家族や友達、仕事の仲間、支援者は、きっと話を聞いてくれます。そして、いつもと同じように毎日を過ごしましょう。不安だからといって、生活のしかたを変える必要はありません。

障害のある人もない人も、私たちは一人ひとりが大切な存在です。障害があるからといって誰かに傷つけられたりすることは、あってはなりません。もし誰かが「障害者はいなくなればいい」なんて言っても、私たち家族は全力でみなさんのことを守ります。ですから、安心して、堂々と生きてください。

平成28年7月27日 全国手をつなぐ育成会連合会 会長 久保厚子


紙ふうせんだより 7月号 (2016/09/15)

皆様、いつもありがとうございます。なんとなく涼しい日もありますが、熱中症にはくれぐれもご注意ください。

ヘルパーさん自身の熱中症にご用心

まずは、ヘルパーの皆さん自身の水分補給を欠かさないようにお願いします。入浴介助を行った時は汗をたくさんかいていると思います。そのまま放置すると脱水症状となりますが、脱水の怖いところは「だるくなって、やる気がなくなる」「ぼんやりとしてしまって、思考が鈍る」事です。ヘルパーさんが炎天下に帰宅して、だるくってコップ1杯の麦茶を飲んで寝てしまった。その後目が覚めても、疲れが抜けず夕食を抜いてそのまま寝てしまった…。単なる“疲れ”であれば、1食抜いても寝て休めば治ります。しかしこの“疲れ”が脱水に起因するものであれば、寝てる間にも症状は進行します。そして、お茶などの摂取が決して多くなくても食事から補給される水分量は多いわけですから、食事を抜いた事による脱水の悪化は避けられません。翌朝、「もっとだるくなっている」「なんとなく手足がツルような、痺れるような感じがする」にもかかわらず、「頭がぼんやりとして身体の危険信号に注意を払えなくなって」無理して仕事に出かけてしまった……。その結果、訪問している最中に、「頭が痛くなった」「吐き気がする」「めまいがする」等となってしまったら、“アウト”です。すぐに病院に行く必要があります。そうならないように、思考力が鈍る前に、日頃の用心が大切です。

高齢者の熱中症の危険性

熱中症は若い人でも起こり得ます。「いわんや高齢者をや」です。高齢者は、若い人よりも体内の水分量が少なく体力もありません。食事量が少ない方はなおさらです。さらに、温度への感受性が鈍り、暑さをきちんと認識できない方もいるでしょう。高齢者は誰でも熱中症の危険性があると考えて差支えありません。

なかには「昔は、熱中症なんて言葉はなかった。軟弱な人が増えてでてきた病気だ」とか「俺は海軍で機関士をしていて裸で作業していたんだ。このぐらいの暑さなんか大した事ない」と言われる方もいます。そのような方は、さらに危険が増すでしょう。

一般に、身体の融通がきかなくなった高齢者ほど、自分自身の生活スタイルを変えたがらない傾向にあります。年を重ねるに従い「目がかすんできた」「膝が痛くて立ち上がりにくい」「腰が痛むので休み休み歩く」等となってきた場合、日常生活の範囲は狭まってきます。もちろん金銭的にも狭くなってくる方も多いでしょう。そこを何とか自分で工夫しながら活動するのですから、今までと違ったやり方や新しいものを選択する事には、抵抗感が生じてきて当然でしょう。この抵抗感も、“身体の危険信号” に対して、注意を払えない重要な要素になります。くれぐれも、熱中症への注意は怠らないようにしたいと思います。

注意喚起を促すヘルパーさんの位置づけ

さて、私たちヘルパーの注意喚起の役割は、なにも熱中症に限った事ではありません。転倒の注意や、身体能力の低下、家族関係や悪徳商法等々、さまざまあります。注意を促す必要のある状況において、しかし利用者さんからは「大丈夫だからほっといてくれ」というような態度が出る場合があります。ヘルパーさんとしてはそれ以上踏み込んだ発言は出来ないので、危険性は会社に連絡し、後はケアマネやサ責・家族に対応して貰いたいと考えるところでしょう。基本的にはそれで問題無いのですが、そのような場面の時に、ヘルパーさんが状況を打開し変化のきっかけを作る不思議な役割を担う事があります。ユング心理学(“元型心理学”)でいうところの“トリックスター”というものです。

状況を変化させるトリックスターの出現

ユング心理学では、個人の心の底流や芸術や宗教や文化の奥底には、太古より受け継がれつつ形成されてきた無意識的な力(元型)があり、それらは似たパターン(働きやイメージ)をもって現れてくると考えられています。そのパターンの一つとしての “膠着状態にある硬直化した関係性を打ち壊すもの”に対して、ユングは神話や昔話の言葉を援用し“トリックスター”と名づけています。

家族との関係性が悪い利用者さんがいたとします。その利用者さんは家族のアドバイスも受け入れず、「ほっといてくれ」という態度をとっていました。しかしある時、転倒してしまい、一人ではどうにもならない状況になってしまいました。しかしこの転倒によって、ご本人や家族が改めて家族関係と向き合う必要が生まれ、入院中の世話を通して家族の気持ちもご本人の気持ちも共に理解され、わだかまりが解消し安定した在宅生活に移行できたとします。この時の「転倒」というトラブルは、トリックスターの働きをもっていたと言えます。

また、要介護状態の自分に苛立ちがあり、訪問するヘルパーさんに無自覚的に苛立ちをぶつけていた方がいたとします。ヘルパーさんとしても気持ちよく仕事ができる訳ではないので、重たい気持ちで訪問していました。その為か、ヘルパーさんが利用者さんへのサービスでミスをして利用者さんと言い合いになってしまい、クレームになったとします。しかし、ヘルパー交代と同時にサービス内容を見直し、その事について全体で話し合いを行ったところ、利用者さん自身の苛立ちも和らいで、落ち着いて生活できるようになったとします。

これらのトラブルや言い合いをしたヘルパーさんはトリックスターの表れと考えられます。変化を求める無意識の力が高まり、周囲の人の心とも共鳴しながらトリックスターを呼び込んだのです。“トリックスター”は状況に“いたずら”や“トラブル”を巻き起こしながら、“瓢箪から駒が出る”ような解決の導きをもたらすのです。

変化が求められるときに自覚しておきたい事

物事には常に両面的な価値があります。“トリックスター”は、“変化”の原動力となるけれども、反面“破壊”も生じます。変化を二元論的に言えば、それは“良く変わる”か“悪く変わる”かのどちらかです。そして、要介護状態とは、人生に変化の季節が訪れた場面でもあります。その場面に立たされた利用者さんや家族やヘルパーさんは、変化を促す風にさらされています。しかし、利用者さんや家族が自ら変化のきっかけを作れない場合、変化のきっかけ作りは、第三者のヘルパーさんに無意識的に託される事になります。その時、知らず知らずにヘルパーさんが、自ら“トリックスター”を演じる状況になってしまう事があるのです。

このような事が訪問介護の現場には生じてくるのですから、ヘルパーさんがその役回りを自覚的に行うか無自覚的に行うかによっては、結果には大きな差が出てきます。“良く変わる”か“悪く変わる”かです。そうであれば、単に介護をするだけでなく、介護を通しながら、「この利用者さんには○○になってもらいたいな」また、「自分自身は、介護を通して○○になっていきたいな」というような、願いや希望を強く持って頂きたいと思います。私たちは、介護の現場で「人は何歳になっても、どんな状況になっても、良く変わっていく力を持っている」という事を目の当たりにします。目の前の利用者さんが変化してゆく時は、変化の風は自分にも吹いています。目の前の利用者さんとの関わりが上手くいかなかった時こそ、この利用者さんは、自分自身にとっての“トリックスター”なのではないかと考えみる事によって、私たち自身も良く変わっていくきっかけを掴んでいきたいと思います。また同様に、現場でトラブルが生じた時こそ事業所が良く変わっていくきっかけなんだと考えています。


紙ふうせんだより 6月号 (2016/09/15)

皆様、いつもありがとうございます。雨天時の自転車操作は注意して下さい。スピードの出し過ぎや急ブレーキは衝突や転倒の原因です。

さて事務所としましては、総合事業への移行など制度改正への対応で、2月頃からとても忙しくしていましたが、ようやく落ち着いてきました。

ところで、介護保険の制度改正と言えば、平成27年4月の、介護報酬の大幅なマイナス改定(身体2 404単位→388単位)がありました。そして、平成26年4月は、消費税が8%への増税にともなう、微増の改定(身体2 402単位→404単位)がありました。そのまた少し前、平成24年には生活援助の時間短縮(実質的な給付抑制)もありました。本来、介護保険制度は、制度の安定と発展性から3年に1回の見直しが原則となっていますが、こんなに頻繁に制度が変わっては、安定性もあったもんじゃありません。振り回される事業所はたまりません。重要事項説明書等の差し替えなど、追加の業務が山のように積みあがるばかりです。平成27年8月からは、一部の利用者(年金換算で単身280万以上、夫婦で346万以上の世帯)の自己負担が2割に変更にもなりました。どうしてこんなにコロコロと変わるのか、ここ最近、介護保険に限らずさまざまな政策が“拙速”のように感じます。

介護保険制度、これからどうなる?

特筆すべきは、平成27年4月の介護保険史上初のマイナス改定です。その影響を今年の1月の業界ニュース(ケアマネジメントオンライン)から拾ってみます。

「東京商工リサーチは1月13日、2015年(1月~12月)の全国の老人福祉・介護事業の倒産件数が、過去最多の76件(前年54件)であったと発表した。」マイナス改定が、経営継続への意欲を奪いトドメを差した事が想像されます。

また、「訪問・通所介護を運営する法人の4割超が赤字運営であることが、日本政策金融公庫総合研究所の調べにより、1月26日、明らかになった。」「撤退や縮小を考えている企業も、訪問介護で8.6%、通所介護で8.4%」とあります。介護保険制度の先行きに対して明るい観測を持っている事業者は多くないのです。

このような発表が相次ぐなかで国は一体どのような舵を切るのか、東京新聞の今年の1月21日の朝刊には、このような見出しが出ていました――

介護保険、家事援助除外も 軽度者対象の自己負担を検討(東京新聞見出し)

厚生労働省は二十日までに、介護の必要度が比較的低い「要介護1、2」の人を対象に、在宅での生活を援助するサービスの在り方を見直す方針を固めた。掃除や調理、買い物などの援助を介護保険の対象から外し、原則自己負担とすることを検討する。膨張する社会保障費を抑制する狙いがあるが、負担増につながる高齢者の反発も予想される。

トイレや入浴などの介助をする身体介護は見直しの対象とはしない。社会保障審議会の部会で二月から議論を始め、年内に結論を出し、二〇一七年の通常国会での法改正を目指す。

見直しの対象となるのは、主に介護ヘルパーが自宅を訪れる訪問介護の生活援助サービス。一三年度の厚労省の調査で、訪問介護の利用者のうち生活援助サービスだけを使う割合は、要介護1は50%を超えるため「ヘルパーを家政婦代わりにしている」との指摘が出ていた。財務省も昨年、介護の必要度が低い人については原則自己負担とするよう求めた。(後略)  (東京新聞 H28.1.21)

 

「介護の必要度が低い人については原則自己負担とする」とありますが、そもそも要介護度というものは、国の厳密な基準に照らし合わせ判定されたもので、“介護が必要だ”との国のお墨付きなのです。それを介護の専門家でもない財務省の“要介護1、2には介護(生活援助)は必要ない”というような主張はいかがなものでしょうか。

社会保障審議会の部会でも「生活援助を担うヘルパーが来なくなることで、利用していた人の状態悪化の兆候に気づかずに対応が遅れる」「介護保険からの軽度者外しは重症化を招く」との声が出ています。また、要支援(総合事業)ではサービスが自己負担1~2割で受けられるが、要介護になると生活援助は全額自己負担というおかしな事態になります。それとも総合事業と同じように、区市町村へ負担を押し付けようというのでしょうか。

平成27年度のマイナス改定をめぐる動き

平成26年11月、安倍首相は平成27年度に予定されていた消費税10%への増税を先送りの決定をし、財務省は恨みを飲みました。そのころ財務省は、「特別養護老人ホームにおいては、巨額の内部留保の存在が確認されている。→ 今後は内部留保が蓄積しない水準まで介護報酬水準を適正化することが必要。」(10/8財政制度分科会資料)と主張しています。そのため介護業界では、来年度改正は、特養はマイナス改定かもしれないが他の業種は現状維持と観測されていました。しかし蓋を開けてみると、翌年2月6日「賃金・物価の状況、介護事業者の経営状況等を踏まえた介護報酬の改定率は、全体で▲2.27%である」(介護給付費分科会)と、全ての介護事業のマイナス改定の方針が決定されます。4月開始にもかかわらず介護報酬の具体的な数字は「案」しかないという稚拙ぶりで、役所から介護事業所まで大混乱です。これは消費増税を見送る代わりにマイナス改定を財務省に差し出したという構図です。

消費税の増税の見送りと介護保険改正の関連性

これまでの動きを見ていくと、消費増税見送りの見返りとして介護給付費の削減を行うというのが政府の方針と考えて間違いないでしょう。2月18日の朝日新聞では「今夏の参院選を控えて与党議員が高齢者の負担増や給付減の議論に敏感なため、本格的な議論は参院選後となる見通しだ」と報じています。このままだと、来年度には要介護1・2の方の生活援助は全額自己負担が決定されてしまい、実質的には生活援助が使えなくなる事態となるでしょう。福祉用具や住宅改修も全額自己負担となります。住宅改修を見送ったばかりに転倒してしまう利用者さんも出てくる事でしょう。ヘルパーの買い物が命綱という利用者さんも多くいます。ヘルパーさんの仕事も減ってしまいかねません。

アベノミクスとして現在、日本銀行は日経平均採用225銘柄のうち約200社で保有率上位10位内に入る大株主となっています。また、政府は国民の資産である年金も株式市場に投じました。このような政府による株価釣り上げで利益を得た方もいるでしょう。しかしその後の株価下落で年金積立金管理運用独立行政法人の昨年度決算は、5兆円を超える運用損失が出ています。継続的な社会保障政策の実現の為には景気浮揚策や財源論も大切です。しかしそこで働く人を含めて、基本的人権とも言える“生活の継続性”も考えて欲しいのです。そして、何のため誰のための社会保障なのかという原点を忘れないで頂きたい。現場にいる私達は利用者さんを目の前にして、その方にとっての幸せを思い描いているのです。

★震災時対応について③★

まずは自分自身の安全確保と家族の安否確認は、ヘルパーさん含め全ての方の優先事項です。ただ、営業時間内の被災であれば、家族の電話が通じないなどの状況あるでしょう。その場合は焦って行動しない事です。自身の安全確保しつつ他の従業員との連携図りつつ冷静に対応しましょう。最終的には、全体状況の情報収集と利用者安否確認、そして高優先度順に利用者宅訪問へと行動は集約されていきます。

訪問介護としては、利用者安否確認に先立ってはヘルパーさんの安否確認がより重要になりますが、その対応は、「会社に報告」から「情報収集」までの流れと理解して下さい。ヘルパーさんも自分自身の状況を会社に報告をお願いします。しかし、やはり電話が通じない事もあるでしょう。災害伝言ダイヤルを活用しつつ、ヘルパーさんの行動も「帰社」(通常時は馴染がないかもしれませんが)が必要になってくるかもしれません。ヘルパーさんの行動も社員の行動も、基本的な考え方は同じです。

【災害時対応のケアプラン上の位置づけ~世田谷区への質問~】

「災害が起こった際に、利用者の安否確認を行い必要があれば“落下物の片付け”“安全なところへの移動介助”“食料の買い出し”などを臨時対応として行われると考えるが、それらを介護保険(訪問介護)で算定できるか。またその為に必要な事(ケアプランへの明記・内容等)は何か、具体的にご教示して下さい」と質問したところ、回答は「臨時対応は介護保険で算定できる。但し安否確認のみでは不可で、“何か”を行えば可。しかし“救助活動(と判断される記録)”は不可。ケアプランへの災害時対応の明記は望ましいが、無くても算定できる」との事でした。ケアプランへの明記は取り組んでいきたいところです。

【年休(有給)について】

年次有給休暇は雇用形態に関わらず、全ての労働者に適用されます。

週所定 労働日数 年間所定 労働日数 勤続年数
6ヶ月 1年 6ヶ月 2年 6ヶ月 3年 6ヶ月 4年 6ヶ月 5年 6ヶ月 6年 6ヶ月以上
4日 169日 ~216日 7日 8日 9日 10日 12日 13日 15日
3日 121日 ~168日 5日 6日 6日 8日 9日 10日 11日
2日 73日 ~120日 3日 4日 4日 5日 6日 6日 7日
1日 48日 ~72日 1日 2日 2日 2日 3日 3日 3日
 
* 週所定労働時間が30時間未満であり、かつ、所定労働日数が週4日以下又は年間216日以下の場合は以下の表の日数が法律上認められています。(週30時間以上・週4日以上の場合は、常勤と同じ扱いになります。)

時短労働者(パート)の年休取得時の給与計算は、平均賃金方式で、以下のような計算方式があります。
平均賃金の1日分 =前3ヶ月の賃金合計÷その期間の暦日数
 ※週所定労働日数が1日にも満たない場合(不定期勤務)の場合は、年休は発生しません。

皆様に、紙ふうせんだより発送時に配布している「休暇申請書」は“希望休”の申請のため、年休の申請とはなりません。年休の申請書は事業所にあります。

 

 


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